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実験的なポーの初期作品

『ポオ小説全集 1』エドガー・アラン・ポオ , (翻訳) 阿部 知二(創元推理文庫 522-1)

アメリカ最大の文豪であり、怪奇と幻想、狂気と理性の中に美を追求したポオ。彼は類なき短編の名手である。推理小説を創造し、怪奇小説・SF・ユーモア小説の分野にも幾多の傑作を残した彼の小説世界を全4巻に完全収録した待望の全集! 全巻にハリー・クラークの口絵1葉を付した。解説=佐伯彰一
目次
「壜の中の手記」
「ベレニス」
「モレラ」
「ハンス・プファアルの無類の冒険」
「約束ごと」
「ボンボン」
「影」
「ペスト王」
「息の喪失」
「名士の群れ」
「オムレット公爵」
「四獣一体」
「エルサレムの物語」
「メルツェルの将棋差し」
「メッツェンガーシュタイン」
「リジイア」
「鐘楼の悪魔」
「使いきった男」
「アッシャー家の崩壊」
「ウィリアム・ウィルソン」
「実業家」

これも全部読んだわけがないが、初期のポーは喜劇的な話もあって興味深かった。『ボンボン』はヴォネガットみたいな笑劇。あと最初の『壜の中の手記』は夢野久作『瓶詰地獄』に影響を与えたように、明治にはポーの作品は翻訳されていたという。この本では小林秀雄の意訳を大岡昇平が訳し直した作品や大岡昇平の単独訳など翻訳もバラバラで読みにくさもあるかもしれない。『ペスト王』とか単なる酔っぱらいの話みたいで面白い。

「壜の中の手記」

難破船に乗り込んでしまって海難事故に逢う語り手がその様子を「壜の中の手記」で語っている。けっこう複雑な語りで錯綜するのは語り手も精神異常かと思わせるからなのだ。すでに精神はあっちの世界(彼岸)に行ってしまっているのである。

「ベレニス」「モレラ」は初恋の喪失した世界というような。共に女性の名前である。失われた女性への断ち切りがたい思いというのは「アナベル・リー」が代表詩のようにポーの一つのテーマとしてあるのだった。

「約束ごと」。ヴェニスが舞台で先日観たアガサ・クリスティー原作の映画はこのポーの話を元にしているのかと思った。溺れた子供を助ける若者と侯爵夫人との恋。どうしようもない夫は貴族だけど名前と地位だけだみたいな。若者の凛々しさに心奪われるのだった。若者はその夫人にギリシア悲劇の精神を見て詩にしたりするのを語り手に聞かせるのだった。最後にその夫人が毒をあおって死んでしまうことが語られる。夢見るような逢瀬は、精神世界で繋がっていたということなのか?

「ペスト王」

「赤死病の仮面」を連想させるが、ちょっと違った。ある中の船乗りが酔っ払って迷い込んだ先が「ペスト王」の宮殿みたいなところだった。無礼を働く二人は酔っ払ったまま酒樽に浸けられるという話。アル中の幻想譚か?ポーはアル中だったらしいからそういう幻影が見えていたんだろう。またポーはコレラで死んだとか。ただ死因は謎であるらしい。

「オムレット公爵」

『ハムレット』のパロディか?「オムレット侯爵」が悪魔と対話する喜劇的な作品。初期は喜劇も書いていた。

『ボンボン』

料理人の哲学小説を喜劇的に描いている。それが「ボンボンの思想」のわけだが、それは分析的に料理は作れないというように経験的に料理する哲学というもの。料理人の直観というものか?ポーはけっこう哲学をしている。

「メルツェルの将棋差し」

小林秀雄が意訳したものを後で大岡昇平がきちんと訳し直した作品。現在のAI的な興味もあり面白い。小林秀雄が引かれたのは精神がどこまで科学的になれるか?ということだろう。ポーが作品を発表したのがペルーの黒船来航頃だというから、明治の近代化に影響を与えたのだ。それは自我とか精神とかアイデンティティの問題として文学者の関心を呼んだのだろう。小林秀雄はポーの作品からではなく、ボードレールの翻訳からの訳だったという。

「メッツェンガーシュタイン」

のちの「メエルシュトレエムに呑まれて」を彷彿させるが、敵対する貴族の屋敷に放火した貴族がそのから逃げてきた馬に惹かれていく精神の崩壊を描く。動物による審判というのは『黒猫』のパターンだが、これは面白かった。

「ハンス・プファアルの無類の冒険」

中編ぐらいの長さのある作品で、ポーのエンタメ要素が伺える。ポーのゴシック作家のイメージに囚われると肩透かしを食う。いろいろな作風を研究していたことがよくわかる作品。

「アッシャー家の崩壊」と「ウィリアム・ウィルソン」

そして『アッシャー家の崩壊』と『ウィリアム・ウィルソン』でポーの怪奇作家としての一面を開花させていくのだが、これらの作品は別の翻訳者で読んだのでここではカットする。


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