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弱さを見せるソンタグ

『死の海を泳いで―スーザン・ソンタグ最期の日々』リーフ,デイヴィッド/上岡 伸雄【訳】

2004年12月28日、スーザン・ソンタグ死去、享年71。「私は生活の質などに興味はない。自分の命を救うために、あるいは長引かせるために、打てる手はすべて打ってもらいたい―それがどんな大博打であっても」。亡くなるまでの9ヵ月間、この傑出した批評家・作家は、文字通り死の荒海を泳ぎ続ける。本書は、その短い期間、母に寄り添い、ともに「死の海」を泳ぎ続けた一人息子が記した渾身のルポルタージュ。そこから浮かび上がるのは、ソンタグの鮮烈な死にざまであり、生きざまである。死出の旅にある肉親に、いかに向き合うか…。誰もが避けて通ることのできない問い、そして誰も答えを見出すことのできない問いが、ここにある。
目次
1 残酷な告知
2 確率に打ち勝てる人
3 リサーチ開始
4 診断後の揺らぎ
5 死の前向きな否定
6 「生き残る」という物語
7 愛は慰めにはならない
8 最も孤独な死
9 臨終

ソンタグがアニー・リーボッツに撮られた写真のように死と毅然と対峙したのではなく、死に怯えていた様子が息子によって語られる。これはプライベートの部分であり公には見せなかったソンタグの一面であり、それは気のおけない家族だから見せた姿だと思うのだ(日記まで覗かれているのだから)。

ちょっと意外だったのはサイードと親友だったのに何故大江とのあのような論争になったのかを考えてしまった(ディベートという朝日新聞の要請でソンタグが大江健三郎に対して感情的になったように思えた)。それはソンタグにとって癌は死を脅かすもので克服した(意志の人ソンタグならでは)としても絶えず癌(死)が意識されていたと思うのだ。

この本にある最初の癌告知のあとの明るく振る舞う様子など無理しているような感じを受ける。その戸惑いを息子である著者もかたっているが、それは公の理論武装したソンタグの姿ではなく、限りなく人間臭いのだ。

また死についての著名人の引用など、癌=死の恐怖心といつも戦っていたのだろう。それはプライベートの中のソンタグの姿であり公でのソンタグは絶えず強く自分の思い通りにしなければならいと思っていた意志の人だった(またそれが出来た稀有な才能もあった)。そうした強さの中に人間的な弱さも見いだせるが、大好きなベケットの墓地に祀られたのは良かったのではないか(これはソンタグのためと言うより、ソンタグを知る人の供養としてだが)。

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