【咎人の刻印】Mikage Birthday SS
《作品紹介》
『咎人の刻印』は小学館文庫より刊行。
主人公の神無は、愛を探すゆえに殺人を繰り返し、「令和の切り裂きジャック」と呼ばれていた。彼は美貌の吸血鬼である御影に拾われ、贖罪の道を歩み出す。現代の池袋が舞台のダークファンタジー小説。
3巻は4月上旬発売予定。
†掌編† 切り裂きジャックとカインのバレンタイン
居間のソファに腰掛けながら、神無は携帯端末を弄っていた。
最近始めたMMORPGのフレンドからの連絡に、慣れた仕草でタップしながら返信する。
「せっかくのお誘いだけど、今日は無理、っと。つーか、あいつらは予定無いのか?」
神無が画面から顔を上げようとしたその時、ふと、そばに気配を感じた。
「神無君」
御影の甘い声が耳をくすぐる。返信に気を取られていて、隣にやってきたのに気づけなかったようだ。
「作業、終わったの?」と神無は問う。
「うん。口、開けて」
御影に促されるままに、神無は口を開きながら振り向いてやる。すると、不意に何かを押し込められた。
「むぐっ」
「ハッピーバレンタイン」
御影は美しい貌で微笑みながら、囁くように言う。神無の口の中には、チョコレートの甘ったるさと仄かなブランデーの香りが広がった。
「ブランデー入りのトリュフチョコか」
「うん。ようやく完成したんだ。お気に召して貰えたかな?」
目を輝かせて反応を窺う御影の前で、神無はトリュフチョコレートを舌先で転がし、じっくりと味わいながら咀嚼した。
「ん、美味しい。ブランデーの後味がチョコレートの甘さと絡み合って、しばらく幸せになれるね、これ」
「ふふっ、よかった。この時季になると、どうしてもチョコを作りたくなってしまってね。美味しそうに食べて貰えると、僕も幸せだよ」
御影が満面の笑みを浮かべると、神無の胸の奥も温かくなる。彼はポケットを探ると、包装された小さな箱を取り出した。
「俺からは、ハッピーバースデー」
箱を渡された御影はキョトンとしていたが、「誕生日でしょ」と神無に言われると、ハッと我に返って破顔する。
「覚えていてくれたんだ」
「バレンタインデーが誕生日とか、忘れるわけないし」
神無は苦笑してみせる。
「開けていいかな」
「もちろん」
御影はトリュフチョコレートを乗せていた皿を神無に預け、いそいそとプレゼントを開梱する。手のひらに乗るくらいの小さな箱から出て来たのは、一対の銀のカフスボタンだった。
「わあ、素敵だね!」
「御影君はフォーマル寄りのファッションが多いし、まあ、それなら邪魔にならないかなって……」
頬を染めて喜ぶ御影を前に、神無は照れくさくなって視線をそらす。
「愛しい君にこうして祝って貰えるなんて、僕は幸せ者だ」
「あと、それだけじゃなくてさ」
カフスを眺めて幸福を噛み締める御影に、神無は目をそらしたまま続けた。
「バレンタインのチョコ、御影君が好きなの買ってあげるから、一緒にデパートにでも行かない? 俺は手作りとか出来ないけど、めちゃくちゃ奮発するから」
そんな神無の申し出に、御影はくすりと微笑む。
「その気持ちだけで充分なのに」
「それじゃあ、俺の気が済まないの。いつも、お世話になってるし……」
ツンと口を尖らせる神無に、「わかったよ」と御影は苦笑した。
「それじゃあ、お願いしようかな。君から貰ったカフスをつけて出掛けたいしね」
「えっ、もうつけんの? っていうか、銀座のドレスコードにならない? 俺が連れて行こうと思ったの、池袋のデパートなんですけど」
「池袋でお洒落をしてもいいじゃないか」
「いや、方向性が違うっていうか……」
最終的に、「まあいいか」と神無が折れる。溜息まじりの彼の口に、御影は再びトリュフチョコレートを押し付けた。
「まあまあ。これでも食べて機嫌を直して」
「犬みたいな扱いしやがって」
毒づきながらも、神無はトリュフチョコレートを頬張る。チョコレートの包み込むような甘さと、指についたチョコレートを舐めとる御影の甘美な微笑も合わさって、ついつい懐柔されそうになってしまう。
「まあ、いいけど……」
せっかくの彼の誕生日なのだから、手懐けられるのも悪くはない。どうせ彼は、自分のことを尊重してくれるのだから。
問題は、明日も明後日もいいようにされそうなことだなと思いながら、神無は三粒目のトリュフチョコレートを口に放り込んだのであった。
あとがき。
御影君の誕生日SSおよび、バレンタインデーSSです。
これで、主だったイベントは一巡しましたね!
実は、発売前に勢いで書いてしまった2020年2月版もあるのですが、そちらも何かの機会に公開出来ればと思います……!
なお、公開にあたって担当さんの許可は頂いております。
よろしければご支援頂けますと幸いです! 資料代などの活動費用とさせて頂きます!