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この浜辺でキミを待つ。【3日目】

 翌日、シロは港を目指すことにした。
 アクアを引き連れて砂浜を往く。シロの足跡とアクアのクローラーが、水鳥の足跡だらけの砂浜に軌跡を残した。
 シロはこの日も、人の姿を見かけなかった。
 青い空と白い雲。そして、アクアが掃除してくれている美しい砂浜があるというのに。

「港まで五キロって言ったよね。それって遠いのかな。近いのかな」
「距離は遠くありマセン。しかし、隣の浜は瓦礫が多いのデス」
「へぇ~」
 通行するのが難しく、アクアはその瓦礫を片付けるのに苦労しているという。
 湾になっている白い砂浜をしばらく歩くと、せり出した崖に行く手を阻まれた。
 人間は崖の上を越えていくらしいが、アクアは急斜面が苦手なため、干潮時に現れる陸地を通過するのだという。
 シロはアクアを置いていきたくなかったので、一緒に干潮を待った。
「アクアはずっとお掃除をしていたの?」
「ハイ、開業当時から働いておりマス」
「一一一年も!? すごいねぇ!」
 シロは目を丸くする。
 確かに、アクアはあちらこちらの動きがぎこちなく、錆びているところもあった。だが、錆は一様ではなく、交換したと思しきパーツも見受けられる。
 誰かがメンテナンスをしていた形跡はあった。しかし、最近はどうだろうか。アクアのどこを見ても、新品のパーツは見当たらない。
「ねぇ、アクア。この島って――」
 誰かいる?
 そう尋ねようとしたその時、アクアの視覚を司るカメラが細やかに動き、海を見やった。

「干潮の時間デス」
 波が静かに引いていく。
 波の寄せる位置が、一往復するごとに少しずつ遠くなる。シロの目の前まで来ていたはずの波は、いつの間にか手の届かないところに行っていた。
 海が引いたところからは、ごつごつとした岩肌が露出する。フジツボが海中から顔を出し、小さなカニがシロの目から逃れるように、岩のすき間に入り込んだ。
「すごい! 渡れるようになったね!」
「足元に気をツケテ」
 アクアはシロに注意を促しながら、クローラーを回して岩場を歩き出した。急斜面は苦手だが、凹凸は平気らしい。シロもまた、岩肌に足を取られないよう注意しながら、アクアの後をついて行った。
 岩肌に張り付いた藻に足を滑らせないよう崖の麓を越えると、隣の浜が見えた。
 遠目には大きな建造物が窺える。シロが目指している港だ。
 しかし、その奥には灰色の雲が立ち込めていた。どんよりとした嫌な雲だ。

「雨雲接近中。降水確率八〇パーセント」
 アクアが灰色の空を見てそう言った。
「雨が降る前に港まで行けないかな」
「確率は五パーセントほどデス」
「うーん。難しいか」
 しかし、急いでいるわけではない。崖の越え方もわかったし、今日は一歩前進した。
 シロは気を取り直すと、岩場を後にする。
 隣の浜は、シロがいた砂浜とは違っていた。
「砂じゃなくて石だ……」
 足元に落ちているのは小石ばかりだ。ときおり、拳大の石もある。砂ばかりの砂浜とは違い、歩くたびにじゃりじゃりと硬い音が響く。
「砂利浜デスネ。潮の流れが違うのデス」
「こっちの方が潮の流れが早いのかな。向こうは湾だから穏やかだったけど」
 海岸線は真っ直ぐで、シロがいた砂浜よりも入り組んでいない。打ち寄せる波は心なしか勢いよく、浜に小石を積み上げたり崩したりするたびに、カラカラという音を立てていた。
「あっ、これかぁ……」
 アクアが言っていた瓦礫は、すぐに見つかった。
 波に運ばれたと思しき大量の木材が、海岸に横たわっているのだ。いくらか海岸の隅に避けてあるものは、アクアが運んだのだろう。
「これでは私はあちらに行けマセン」
「クローラーだと超えられないよね。私も危ないかも」
 無理に乗り越えるにも、不安定に積み上がった木材が崩れる可能性もある。ここは地道にどかすしかない。
「これ、ただの木材じゃないね」
 加工された大量の木であることから木材だと思ったが、どうやら何かの残骸のようだった。シロはそれらの残骸をつぶさに見つめる。
「この曲線は……ボートかな。こっちは……コテージの壁にも似てる。おうちの一部?」
 他に、波にもまれて壊れた家具もあれば、金属質の残骸も混じっていた。どれも非常に古く、塗装された跡がわずかに残るのみだ。
「どこから運ばれてきたんだろう」
 そして、何があったのだろうか。
 残骸は全て、誰かの生活の跡にして、破壊された痕跡であった。それが波にさらわれて、砂利浜に打ち上げられたのだ。
 シロは首を傾げて考えるが、情報が少ないせいで結論が出なかった。そんなシロの隣で、アクアは黙々と残骸を片付けている。
「なんにせよ、道を作らないと港に行けないもんね」
 シロは気持ちを切り替えると、アクアとともに片付けを始めた。

 港の方からやってくる雨雲が到達する頃には、ふたりが辛うじて通れるほどの道ができていた。
 雨雲に追われるようにして、シロはアクアとともに元のコテージへと戻ったのであった。

機能停止まであと7日


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