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この浜辺でキミを待つ。【4日目】

 雨が通り過ぎた翌朝、海岸はいつもよりもキラキラと輝いているように見えた。
 シロはヤシの木に朝の挨拶をしてから、アクアとともに海岸線を往く。
 干潮の時間を見計らって崖下を超え、昨日残骸を避けた場所を通った。
 木材や鉄パイプなどの残骸からは、雨水が滴っていた。積み上がった残骸の上から雫が落ちてくるので、シロの髪はすっかり濡れてしまった。
「うう……。雨じゃないのにびちょびちょ……」
「足元に気をツケテ」
 アクアはクローラーで湿った砂利を踏みしめながら、昨日の注意を繰り返した。

 今日の空は灰色だった。
 分厚い雲が立ち込めていて、今にも雨が降りそうだ。
「今日も雨かな」
「降水確率五〇パーセントにナリマス」
「うーん。五分五分かぁ」
 シロは足早に港へ向かった。
 港の方にはいくつも建物が見えたし、雨宿りができるはずだ。
 それに、自分以外のヒトにも会えるかもしれない。
 シロは期待に胸を膨らませていた。
 この四日間、人間を一人も見ていない。アクアがいるので寂しくはなかったが、どんな人たちがこの島にいるのか知りたくて仕方がなかったのだ。
 気候もいいし、動植物にも溢れていて豊かな島だ。きっと、陽気で優しい人たちが住んでいるに違いない。
 足取りは自然と軽くなり、港はぐんぐん近づいてきた。
 どうやら、船が停泊しているらしい。観光船のようだし、観光客と会えるかもしれない。
「どうやって自己紹介しようかな」
 シロは三日前からこの島に住んでいる。現地人として挨拶すべきか、自分も島に来たばかりだと挨拶すべきか。

 あれこれと考えているうちに、船は目の前に迫っていた。
 とても大きなクルーズ船だ。乗客は船内で暮らせるようになっており、長い時間をかけて遠いところまで観光するのだろう。
 きっと乗客はたくさん乗っていて、港は賑わっているはず。
 しかし、港はがらんとしていた。
「あれ?」
 人一人いない。海風に吹かれ、錆びついた看板が揺らめいていた。
 アクアはキコキコとクローラーを鳴らしながら、無言で佇むクルーズ船へと歩み寄る。
「コレは、ワタシには処理できマセン」
 クルーズ船をぐるりと見回すと、いささか残念そうにそう言った。
「なに言ってるの、アクア。この船はゴミじゃないよ」
「それデハ、お持ち帰りされるのデスカ?」
「無理無理! というか、どうしてそんな……」
 アクアにつられるように船を見回すと、その理由がわかった。
 コンクリートの桟橋は底の方から歪み、隆起した部分にクルーズ船が座礁していた。船底はひび割れて穴が開き、船体の一部は剥がれていた。
 船体の塗装と剥がれた箇所は、見覚えがあった。砂利浜に打ち上げられていた残骸の中にあったような気がする。
「そっか……。この子、もう旅に出られないんだ……」
 修理すれば直るだろうか。少なくともシロの技術では不可能だ。
 よく見れば、船体のあちらこちらが錆びついていて、窓ガラスも割れている。塗装も剥げかけているし、長い間、放置されていたのだろう。
 どうしてこんなに放置されているのか。旅に出られない船が立ち往生していたら、別の船も入港できないだろうに。
 港にはいくつもの建物があり、町になっていた。たくさんの屋根と看板が並んでいるのだが、どれも色あせていて、手入れをされている様子はない。
「みんないない……。どうして……? この町、捨てられちゃったのかな」
「なんたるコト。それならば、ワタシでは手に余りマス」
 アクアは、二本のアームを悲しげに振り上げる。お手上げの仕草だ。
 ぽつ、と頬に雫が落ちる。シロが空を見上げると、暗雲が渦巻いていた。
「雨だ。どこかに避難しよう」
「ハイ」
 シロとアクアは座礁したクルーズ船から離れ、町へと急ぐ。
 辺りは昼間なのに暗かった。それなのに、明かりがある建物はない。等間隔に設置された街灯も沈黙したままだった。
 雨はあっという間に土砂降りになった。

 シロとアクアが駆け込んだのは、自動ドアが開けっ放しになっている大きな建物であった。
 どうやら、ホテルらしい。
 大理石の床には埃が積もり、中庭に設置された噴水は枯れ、色とりどりのハイビスカスが無造作に咲き乱れ噴水に添えられた彫刻を覆っていた。
ロビーのカウンターには、やはり誰もいない。カウンター奥の鍵入れには鍵が幾つか突っ込まれており、シロはそのうちの一つを手にした。
「雨、やまなそうだね」
 壁一面の窓から、外の様子を眺める。激しい雨はカーテンのように港町を覆い、砂埃を乱暴に洗い流していく。
「今夜までの降水確率は一〇〇パーセントになりマス」
「そっか。それじゃあ、ここで雨宿りだね」
 シロは外から射す僅かな明かりを頼りに、鍵に記された部屋番号を探す。廊下に落ちている木の葉や埃の塊を拾いながら、アクアもまたそれに続いた。

 どんなに歩いても、人間に会うことはなかった。
 シロは初めて、寂しいという気持ちを実感した。

機能停止まであと6日


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