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【咎人の刻印】夏休み 特別掌編

《作品紹介》
『咎人の刻印』は小学館文庫より刊行。
主人公の神無は、愛を探すゆえに殺人を繰り返し、「令和の切り裂きジャック」と呼ばれていた。彼は美貌の吸血鬼である御影に拾われ、贖罪の道を歩み出す。現代の池袋が舞台のダークファンタジー小説。

†掌編† 切り裂きジャックとカインの夏祭り


 屋敷に帰宅した神無は、大きな紙袋を手にしていた。

「おかえり、神無君。買い物に行ってきたのかな?」
 一緒に行きたかったというニュアンスを何処となく含ませつつ、居間で読書をしていた御影は神無を迎えた。
「まあ、ちょっとね」
 神無は悪戯っぽい笑みを浮かべる。首を傾げる御影に向かって、神無は大股で歩み寄った。

「御影君、俺を着せ替え人形にすることあるじゃない?」
 神無は、ソファに腰かけている御影に詰め寄る。間近に迫る神無の顔を、御影はきょとんとした表情で見上げていた。
「だったら、今日くらいは俺が御影君を着せ替え人形にしてもいいかと思って」
 神無の骨ばった手が、御影のジャボをそっと掬う。挑発的な表情の神無に、御影は蠱惑的な微笑を浮かべてみせた。
「唐突だけど、構わないよ。――愛しい君の望みを叶えてあげよう」

「そう。それじゃあ、これ着て」
 神無はニッと笑うと、紙袋の中から何かを取り出してみせる。
 それは、浴衣だった。
「へぇ、いいね」
 御影もまた、表情を輝かせる。
「ああ、嫌がられなくて良かった。洋服しか着ない主義だったら、どうしようと思って」
「まあ、ゴシック調だと最高だけどね」
「メンズでそのデザインはなかったな……」
 ウィメンズのコーナーでゴシックロリータ風の浴衣を売っていたのを、神無は思い出す。

「言ってくれれば、僕が浴衣を作ったのに」と御影は肩を竦める。
「それじゃ意味ないし」と神無は口を尖らせた。
「俺が選んだのを着せたいの。ほら、脱いで」
「ふふっ、せっかちな子だね」
 御影は微笑を浮かべながらも、無垢な白磁の肌を晒していく。神無は、綺麗だなと感じ入りながらも、壊れ物を扱うかのように、御影の身体をやんわりと浴衣で覆い隠して行った。

 闇夜のような黒地に、白い十字絣が並んだ浴衣だった。神無は、慣れた手つきで着付けをし、御影の細身にきゅっと帯を締めた。
 御影は、「わっ……」と子供のように声をあげる。色白の肌をほんのりと赤く染めながら、身にまとう浴衣をしげしげと見つめ、くるりと回って尋ねてみた。
「どうかな?」
「予想以上にめちゃくちゃ似合う。髪を撫でつけたら最高じゃない?」
 神無は、御影の前髪をそっと掻き上げてみせた。長い前髪をバックにしてみせると、御影の端整な顔が露わになり、骨格の美しさも際立つ。

「いいね。惚れるレベルなんですけど」
 にやりと笑う神無に対して、御影は、「そ、そうかな……」と、おずおずと遠慮がちにはにかんでみせた。いつもは見せない弱気な微笑に、神無は心臓の奥が掴まれたような感覚に陥る。
「は? 何その表情……」
「こういう格好をして、そんなことを言われたのは初めてだから、どういう顔をしたらいいか分からなくて……」
「その表情、俺以外のやつの前でやるの禁止ね」
 完全に調子を崩された神無は、自分まで照れくさくなってしまい、戸惑いを隠すために顔をそらした。

「神無君は、どんな浴衣を着るの? 赤? それとも、竜や虎柄?」
 動揺を誤魔化そうと紙袋を探る神無に、御影がひょいと顔を覗かせる。
「赤は傾奇者になっちゃうから……。派手な柄も悪くないんだけど、全身を派手なコーデで固めると、それぞれが個性を打ち消し合っちゃうでしょ」
「ああ、確かに」
「コーデに重要なのは、引き算だからね。俺はアクセサリーを目立たせたいし、渋めのやつにしたよ」
 神無が取り出したのは、吉原つなぎの柄が施された黒地の浴衣だった。
「おや。思ったより派手だね」と御影は目を瞬かせる。
「赤や竜よりは地味じゃない? チェーンと組み合わせるといいかなって」
「ふぅん、成程ね」
 御影は納得顔で、神無が持っている浴衣に手を伸ばす。
「それじゃあ、神無君には僕が着付けをしてあげる」
「えっ、いや、俺は自分で着れるから」
 浴衣を着るのは初めてではない。神無は、親元を離れてからは毎年のように仲間と夏祭りに出掛けていたので、実は慣れたものだった。
「君に着付けをして貰ったからね。お礼だよ」
「さ、流石にそこまでは……っていうか、力強っ!」
 御影は優雅な微笑を浮かべながら、万力の如く浴衣を掴んで離さなかった。
 結局、神無が折れ、御影は嬉々として神無に着付けをしたのであった。


 その日は、都内で花火大会が行われる日だった。

「そうか。君は僕と花火大会に来たかったんだね」
 陽はすっかり沈み、屋台の灯りが人込みを照らす中、神無と肩を並べながら御影が言った。
「そういうこと。御影君、ロマンチックなの好きでしょ?」
「うん」
 御影は嬉しそうに微笑む。
 その無邪気な表情を見て、反則だな、と神無は思った。
「……花火が上がるまで時間があるし、なんか食べる?」
「そうだね。たこ焼きでも食べようか」
 御影は、すぐそばにあった屋台に目を向ける。
「御影君がたこ焼きとか、意外なんですけど」
「そうかい? 僕もたまには、粉ものが食べたくなるものさ」
「粉もの……。材料でカテゴライズしてるのが流石っていうか」
 神無は個数が多めのたこ焼きを買い、二人でシェアすることにした。爪楊枝を二本貰い、一本を御影に手渡す。
「はい」
「有り難う。それじゃあ、口を開けて」
 御影は爪楊枝でたこ焼きを刺すと、神無へと向けた。
「いや、そういう目的で渡したわけじゃないし」
「ならば、今から『そういう目的』ってことで」
「要りません」
 神無はきっぱりと断る。「残念」と苦笑しつつ、御影は大人しく引き下がった。
「っていうか、たこ焼きは熱いから、食べさせるのは危ないと思うんだよね」
 神無の真っ当な意見に、「確かに」と御影は同意した。
「二人羽織でおでんを食べる――なんていう芸をするならばともかく、ね」
「御影おじさん、その表現は若者の俺にちょっと分かり難い」
 吐息でたこ焼きを冷ましながら、はふはふと頬張る。隣の御影は、小動物のようにちまちまとたこ焼きに齧り付いていた。

(俺には、遠慮なく噛みつくのに)
 寧ろ、遠慮なく噛みつくのは神無に対してだけか。そう思うと、不思議な特別感が芽生えた。
 そんな時、「おにーさん達」と神無と御影に声が掛る。
 振り返ってみると、そこには女性二人組がいた。真新しい浴衣を着て、メイクをばっちりと決めて、臨戦態勢の若い女性達である。
「私達と、どう?」
 二人組は、狩人の眼差しだった。神無と御影は、顔を見合わせる。

 少しの間をおいて、先に口を開いたのは神無の方だった。
「君達と俺達で、ダブルデートなら喜んで」
 神無は御影の肩をグイっと抱き寄せる。
 御影は、一瞬だけキョトンとするものの、やらんとしていることを察したように神無に身を委ね、女性達に微笑んでみせた。
 二人組は、口をポカーンと開ける。
「えっ、マジで? そういう関係?」
「それなら、そういう雰囲気出しといてよ。お熱くてお好み焼きになれるわ」
 二人組は苦笑を漏らしつつ、「お幸せに~」と去って行った。彼女らを見送りながら、御影はぷっと噴き出す。
「今の断り方、スマートで良いね」
「お気に召して頂けたようなら何より。まあ、二人でゆっくりしたかったしね」
 神無は片目をつぶって、悪戯っぽく笑ってみせる。

「それじゃあ、折角だし、手でも繋ごうか」
 御影は、神無に向かって手を差し出す。目を丸くする神無であったが、やがて、その手をそっと取った。
「そうだね。悪い虫が寄って来ないように」
「ロマンチックな虫除けじゃないか」
 御影がくすりと微笑む。神無も、つられて笑った。
 そうしているうちに、空がぱっと明るくなる。ドーンという腹の底を揺るがすような音が、天に轟いた。
「花火大会、始まったのか」
「もっと、よく見えるところに行こう」
 御影は、神無の手を引っ張る。
「そんなに引っ張ったらもげちゃうし」
 神無は苦笑交じりにそう言うと、食べ終えたたこ焼きの皿をゴミ箱に放り捨てて、御影とともに空に咲く花火がよく見える場所へと向かったのであった。

あとがき。

花火大会も夏祭りもない夏なんて……という悲しみを紛らわせるために、トガビトの二人に夏祭りを満喫して貰いました。なお、担当さん公認です。
2巻の新キャラである高峰さんは、射的が上手そうですね(反則の予感)。

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