見出し画像

【ショートショート】借り物競走

秋晴れのなか開催されたサンゴタンゴ中学の運動会。

1年生のホリンは次の、借り物競走に出場する。

ホリンはどちらかというと、男らしく脚力のみで勝負したいタイプであったが、「誰かに必死に物を借りて、借りた物を持ったままゴールめがけて疾走するの、マヌケぽくって笑えるな」と、ちょっとだけ乗り気になっていた。

2年生の熱のこもった奇っ怪な集団舞踊も幕を閉じ、ついに借り物競走が始まった。

1年生たちは、スタートと同時にグランド中央のボックスまで駆けていき、お題の書かれた紙切れを引く。各々顔をしかめたり、ニヤっとにやけたり、「こんなのないよこれ! ノーー!」と咆哮したりと一通りリアクションを取ると、物を借りるためあちこち小走りで彷徨いはじめる。

観る側としても、先ほどのなんだか高尚な踊りよりも、慌てふためく1年生の方が見てて面白いのだろう、応援席からの声援や笑い声が盛んになった。

観客席の父母たちも、物乞いする1年生に2000円札やら金の腕時計やらを心良く貸してくれている。

ひとしきり盛り上がった借り物競走もいよいよ最終組。ついにホリンの番がきた。

位置について…
よーい…ドン!

脚の速さには自信があったホリンだが、別のクラスの名前も知らないチビがそれよりも速かった。
しかしこれは借り物競走。
脚の速さよりも、〝運〟がものを言う。

ホリンはお題ボックスから、紙切れ1枚引き抜いた。
紙切れには『心臓』と書かれていた。

ホリンは面食らった。

なに!!
心臓をどうやって借りろってんだ!

「うーん…。誰かの心臓を借りるなんて、あってはならないことだろう? というよりも、自分の心臓ならこの身体の中にあるはずだから、何も人から借りるまでも無いはずだが…」とホリンは考える。

心臓は、この左胸の下あたりにある。はず。
だが実際に確認したことは無かった。
グッと意識を集中させたとしても、心臓の輪郭をはっきりと感じることは出来ない。
「自分でも感じとれないものを、どうやってゴールに持っていけばいいんだ!」

ホリンは次第に、凄まじく哲学的なことを問われているような気になり始めた。
この瞬間もこの身体を生かしてくれている心臓。その所在や様子も知らないで、借り物競走に夢中だった自分は、マヌケで、見失っていて、何か根本から間違っている…。

ホリンはグランドの真ん中で1人打ちひしがれ、立ち尽くしていた。

ゴール前では、脚速のチビが『転校していった2組のジャイがこの学校にいた痕跡」 』という難題に対し、「ジャイと過ごした日々の思い出が、クラス皆の胸に残り続けている。それこそがジャイがいたことの何よりの痕跡だ」と熱弁をふるっていた。
むしろ“借り”でも“もの”でも無いが、そのあまりの語りぶりが認められ、チビもようやくゴールした。

それでもまだ立ち尽くすホリンに、周囲はざわつき始める。

「ホリンの奴、いったいどんな難題が書かれているんだ?」
「気になるよなあ!」
「どうやら最終組のお題の中には、体育委員でおちょけの、デルイが考えた案が紛れているらしい!」
「ジャイの痕跡ってのも、デルイの仕業に違いない!」
ホリンの放心なんてつゆ知らず、ホリンが引いたお題予想で盛り上がる応援席。

そんな応援席の方を向き、心臓を持った生き物たちが見せる一挙手一投足を眺めながら、生命の神秘に思いを馳せ、涙を流すホリン。

そこに、クラスメイトのナリーが駆けつけてきた。
「ホリン!助けようか!」

ホリンは力なく、『心臓』と書かれた紙切れをナリーに見せる。

「心臓!?心臓…。ん……!貸せそうよ!」

ナリーは、高い位置で結ばれたポニーテールを勢いよくほどいた。
「これって心臓!?」

ナリーの手のひらには、つるんと光沢のある赤いハートの髪飾りがあった。

「これは心臓だ!!貸して、ナリー。」

ナリーから、小さくてカチコチの心臓を受け取り、ゴールへと一目散に走るホリン。

ゴールで待つ先生に手の中の心臓を見せると、先生は、「これは完全に心臓です!OK!ゴール!!」と大きく叫んだ。  

グランド全体から、拍手と歓声が巻き起こった。

涙が溜まった右目をぬぐったホリンは、「ありがとう。助けに来てくれて。」と言い、ナリーに髪飾りを返した。

「さあ早く返して!ポニーテールの跡がついたままで、すごく変なの!」

そっぽを向いて髪を束ねるナリーを見たホリンは、その瞬間、自分の心臓の輪郭をはっきりと感じとった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?