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2023年の爪痕

『さるかに合戦』がはじまる予感しかない、とある日の食材。

柿がもうシーズンオフで悲しみに暮れている

よわいを重ね、ズワイを買う。

そんな憧れを抱いた若かりし頃からずいぶんと時が経ちましたが、今年、人生で初めて自分のためにズワイガニを買いました。

クリスマスを境にスーパーは一気に迎春ムード。そうかもう新年なのかと思った途端、冷凍ショーケースに平積みされているカニのコーナーが目に止まりました。

昨日まで同じように積まれていたはずなのに、このタイミングで気になったのは、いカニも迎春らしい食材だからですかね?
違いますかね?

私はいくつかあるパッケージのうち1番お手頃サイズのものをカゴに入れて、カニ鍋に使う昆布を選びに出汁コーナーへと向かいました。

歳末の、いつになく活気に溢れた店内の雰囲気に加えて、何しろ目の前のカゴにはかの有名なズワイガニが入っているものですから、小躍りせずにはいられません。

寿司、練り物、鮮魚などそれぞれのコーナーで艶やかに彩られた正月用の食材たちを横目に、まるで散歩するようにいつものルートを軽やかに歩き回り、『やっぱりLIFEは私のお庭やわぁ~』などと心の中で歓喜しながら出汁コーナーへ到着しました。

利尻昆布、日高昆布、羅臼昆布、ガゴメ昆布、真昆布、全部買って“コンブリート”しちゃうぞ!なんつってと妄想していたところ、斜め後ろから女性2人の会話が耳に飛びこんできました。


「LIFEはウチの冷蔵庫や!」
「わかるわ~」


LIFEの私物化、上には上がいる事を知りました。

出汁入りさせて下さい。
弟子入りでもいいです。


帰宅後、冷凍されたカニをパッケージから取り出し、まじまじと見つめているとその無機質な物体がどこか工具のようにも思えてきます。

こんな無機質なものが旨いのか。

長らくズワイガニなどというものを口にしていないので、どのような美味しさなのか記憶が曖昧でしたが、出汁をとり野菜や豆腐を用意していざカニを鍋の中に入れると、旨味成分から発せられるふくよかな香りが湯気に乗ってふわっと広がり、輪郭が浮かび上がってきました。

冬の香り、豊かな香り、昔懐かしい香り、美味しさへの確信。

日本海近くにある実家では、冬になると当たり前にカニが食卓に並び、昔は高級食材ではなく日常的に食べる季節の食材であった事を思い出しました。

私はあまりの美味しさに夢中になり、鍋の中にあるカニの爪や足をひとつふたつと取り出して、ひとかけらも残さないぞという勢いで箸を使って身を取り、時にかぶりついてこそぎ落としながら、むしゃむしゃと食べ続けました。

8割ほど黙々と食べ進めたところでベタついた指と口元をタオルで拭きながら、そういえば“カニを食べると人は無言になる”とはよく言ったものだと、フッと笑みがこぼれました。
同時に、1人で晩御飯を食べているのだから、カニだろうとカニじゃなかろうと無言ではないかという事に気がついたのは、今年最大の発見でした。

最後の〆は、ほとんどのレシピサイトでおすすめされている雑炊にしました。
お米を炊き忘れたので生米の状態で出汁に入れ、味が濃くならないよう調節しながらコトコトと煮た後、溶き卵を回し入れて蓋をし、30秒ほど置いたら出来上がりです。

命名、金色のカニ雑炊


出来立ての雑炊からは湯気が立ちのぼり、カニと卵の優しい香りが漂ってきます。

私は火傷も厭わない勢いで熱々のそれをひと口、ハフっと食べました。
そして確信しました。

鍋は序章に過ぎなかった、と。

雑炊はカレーに次ぐ飲み物だ、と。

信じられないほど旨味が閉じ込められた雑炊は、“五臓六腑に染み渡る”という言葉の強さそのものを体感させてくれる、感慨深い美味しさでした。


今年もいっぱい働いて、歳末にこんなにも美味しいごはんが食べられて良かった。
健康で一年を過ごせて本当に良かった。

つい先日、今年はどんな1年だったかなと自分史を振り返ろうとしましたが、世界史単位で激動の時代に突入した今、私個人の取るに足らない出来事など、どうでもいいなという気持ちが湧いてきました。

でも美味しい雑炊を食べながら、ふと、とある社会学者の『特定の社会問題や、社会的、歴史的出来事が経験される時には、必ず個人によって経験される』という言葉を思い出しました。

この時代に起きている事を理解し、積極的に関与し続ける事、自分と世界を切り離さない事。

これが2024年の自分のテーマかもしれないという考えが、ぼんやり浮かんできました。

カニ雑炊は今年1年の終わりに突き抜けた美味しさで、しっかりと私の心に爪痕を残していきました。

もちろん、カニの爪痕です。

#日記  , #エッセイ , #ズワイガニ , #カニ雑炊





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