「テセダンゴ探偵のダイレクトプレー集」本編

 今日は町内会が管轄するヒマワリの花がちょん切られていた。ざっと五本くらいか。
 それを見た瀬奈は近くにいた俺の右腕を持って、大きく手を上げさせるように引っ張って、
「またヒマワリの花の部分だけちょん切られている……これは事件だ! ヒマワリちょん切り魔事件だ! ということはテセダンゴ探偵のお出ましだ!」
 と叫んだ。
 いや!
「俺はテセダンゴ探偵じゃないよ! しかもなんだよ! テセダンゴ探偵って!」
 俺が瀬奈が強めに言うと、瀬奈はニカっと笑ってから、説明するような顔をし始めたので、
「いい! いいよ! 結構聞いてるからいいんだよ!」
 と言ったんだけども、瀬奈の耳にはもう俺の声は届いていない。
 壊れたサブスクのように同じ曲というか言葉を再生し始めた。おんぼろ過ぎる。
「私はサッカー選手の鄭大世(チョン・テセ)選手に憧れているお団子ヘアの女の子、だからテセダンゴなんだ。そんな私はケガの影響で激しい運動ができなくなってサッカーを諦めないといけなくなって、じゃあ何するの? 探偵でしょ!」
「最後の部分だけいつもと違うのかよ! でも林修先生バージョンってなんだよ!」
「同じことばかり聞かせていると教育に悪いから」
「オマエは俺の母親じゃないんだよ! 後スピードラーニングとか同じことばかり聞かせても悪くはないんだよ!」
 そんなツッコミを聞いているのか、聞いていないのか、いや聞いていないんだろうな、瀬奈はキョロキョロと周りを見渡してから腕を組んで、何かを考え始めた。
 いや確かに異様だけどな、ヒマワリの頭の、花の部分だけちょん切られているこの光景は。
 こんなイタズラをやっている犯人を突き止めたいという好奇心も分からんでもない。
 でもテセダンゴ探偵を名乗ることが全然分かんないんだよな。
 何だよテセダンゴ探偵って。鄭大世選手、テセキムチと言ってキムチ売ってるけども、何それと合わせているんだよ。
 もうサッカー選手になれないんだから鄭大世選手に憧れるの止めろよ。中学生の女子が憧れるような存在では決してないよ。
 でも憧れているだけあって、すごいポストプレーとキープ力、ずっと俺の頂点に君臨しているし、ずっと俺をキープしている。
 瀬奈は普通にしていれば可愛いし、幼馴染だし、ずっとサッカーに打ち込んでいたことも知ってるし。
 ぶっちゃけ俺は好きだし、まあ今日もこのテセダンゴ探偵とやらの助手をしてやるかな……もう一度や二度じゃないし、正直犯人突き止めて周りから賞賛されたりするのも癖になりかけてるし。
「キムチ! 分かった! これは見立て殺人だ! いつか人が首を切られます!」
「急に怖いことを口走るなよ。あとキムチと言うなよ、それじゃもう鄭大世選手過ぎる。俺たちのペア、鄭大世選手過ぎる」
「でも木村超という名前は略したらキムチじゃん! それは譲れない! テセダンゴとテセキムチのペアで頑張ろう!」
「テセキムチはもはや本家なんだよ、じゃあもうキムチでいいよ、キムチで。それはそうと見立て殺人なんて怖いこと口走るなよ」
「でもでもでもぉ!」
 駄々っ子のようにそう言った瀬奈。いや見立て殺人の駄々っ子ってなんだよ。いやそう考えたくなることも分からんでもないけど。
「そんな仮定よりもさ、もっと現場を分析したほうがいいんじゃ?」
「でも何か起きてからだと遅い!」
「そうかもしれないけどさ、ほら、何かまだ若いヒマワリはこうやってちょん切られていないだろ? 葉の様子から察するにヒマワリも咲きがだいぶ終盤のヤツばかりちょん切られているよ」
「じゃあ年寄りが首を切られるんだ!」
「すぐに怖いことを言うなよ。ちょん切られているヒマワリ一本や二本じゃない、ここの花畑は五本くらいいかれてるじゃん。じゃあ五人も殺されるのかよ? というか今日以外も既に何回もあるじゃん。その分、殺されるのか?」
 俺のその言葉に瀬奈はう~んと唸ってしまった。やっぱりそこは自分の中でも引っ掛かってるみたいだ。
 このちょん切られているヒマワリは昨日今日だけじゃない。もう何回も何本も花の部分だけがちょん切られている。
 数にしたら相当だ。今までのことを思い返しても、こういう咲き終わりのヒマワリだけがちょん切られている。
 過去ちょん切られていなかったヒマワリが昨日ちょん切られていたとかあった。
「瀬奈、まあとにかくよ、一旦ソフトクリームでも食べて落ち着こうよ」
「えっ? それキムチのおごりっ? ありがとう!」
「そうとは言ってないよ、まあいいけどよ」
 瀬奈の家は正直裕福とは言えない。だからこそ早くサッカー選手になるため頑張っていたんだけども。
 多分高校生になったら、瀬奈はバイトをしないといけなくなる。そうなるとこうやって一緒にいられる時間も少なくなってくるだろう。
 ならばこうやって二人でいられる時は一緒にいたいと思っている。
 ある種、こんな優雅に遊んでいられるのは夏休みの中学生の特権だと思う。
 近くの電気屋を通ればテレビのニュースが流れている。
 テレビでは連日、とある国の情勢が悪化し、日本への輸入品が大打撃を受けているというニュースばかり流れ、穀物に、ナッツ類、香辛料も値段が高騰し、町内の商店街も皆、困っているという話だ。
 雑貨屋は、店先で売っているカシューナッツやクルミをキャラメリゼしたお菓子が高くなってしまうと嘆き、カレー屋は香辛料のことで困っていて、肉屋はこだわって作っているソーセージに使う、香辛料とナッツ類が足りなくて大変という話だ。近くで畜産業を営んでいる人は動物にあげる穀物が足りなくて、どうすればいいんだと喚いていた。
 でも俺はこうやって好きな人と一緒に探偵遊びだ。俺も瀬奈も中学生で良かった、と思っていると、瀬奈がいつの間にか俺の顔を見ていて、
「どうしたんだよ」
「別にっ!」
 そう言ってニッコリと微笑んだ瀬奈。
 瀬奈も俺と同じ気持ちなら、と思ってしまうこともあるが、まあ瀬奈には恋とかまだ早そうだから分からないだろうな。
 ソフトクリーム屋でお揃いのバニラアイスを買って、一緒に食べ始めた。
 すると瀬奈がこう言った。
「やっぱり見立て、ペロ、見立てさつ、ペロペロ、見立てさつじペロ……ペローーーーーーー!」
「ペローーーーーーーじゃないんだよ! 今はもう食べることに集中しろよ! 後ペローーーって口で言うなよ!」
「あまりにも美味し過ぎてすごいことになってた! これはもう今日のハイライトだ!」
「これをゴールシーンにするなよ」
「キムチが放った高速アイスクロスにテセダンゴが反応! ダイレクトでゴール右隅に突き刺したぁ!」
「ゴールシーンみたいに実況するなよ、食べるんだよ」
 そこから俺と瀬奈は黙って食べ進めた。
 俺たちの目の前には昨日ちょん切られたヒマワリ畑があった。
 やっぱり光景が異様すぎる。これが綺麗なヒマワリならもっと青春感があったのに。そう考えると許せないな。
 この事件の犯人、絶対捕まえてやると思っていると、瀬奈がふとこんなことを言った。
「それにしても前はあのソフトクリーム屋さん、トッピングのサービスしてくれたのにね」
「あぁ、あれ止めたよな。カラーシュガーとか砕いたナッツとか」
 と自分で言った時、俺はある仮説が思いついた。
「瀬奈、俺、犯人が分かったかも」
「えっ、ソフトクリーム屋さんのトッピングを止めた犯人?」
「その犯人は普通にソフトクリーム屋さんの経営状況だろうけども、ヒマワリちょん切り魔の犯人だよ」
「本当っ!」
 俺は瀬奈に説明した。
 何故咲き終わりのヒマワリの頭ばかりちょん切られているのか。
 まだ若いヒマワリはちょん切られず残し、後日ちょん切られる理由。
 最初はもう咲き終わりのヒマワリのほうがちょん切るのに罪悪感が無いからだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 事件の謎はこの世界情勢と結び付けられていたんだ。
 俺と瀬奈は、多分ここだという場所に来ていた。
 そこで俺はカマをかけた。
「貴方がヒマワリの花をちょん切っているところ、見かけてしまいました」
 店主は血の気が引いたような表情をした。
 ビンゴだと思った。
 瀬奈が援護射撃をする。
「私たちは人様に犯人だと突き出し、追い詰めたいわけじゃないです! でもこのヒマワリをちょん切る事件はみんなの不安を煽っていることも事実です! もうやめてほしいんです!」
 店主は頭を下げながら、
「分かった。もう止める。そもそも十分”獲れた”し。もうやらない。約束する」
 犯人は肉屋だった。
 その後、俺と瀬奈は状況を聞いて、その場を後にした。
 きっとヒマワリのちょん切りをやめれば、この話も風化していくだろう。
 枯れたヒマワリを切るということは、そこについているヒマワリの種が欲しかったということだった。
 情勢の悪化で手に入りづらくなった、ソーセージの中に入れるナッツ類を、ヒマワリの種で代用していたんだ。
 ソーセージの中身は何が入っているか分からないから、アクセント程度のナッツならそれで事足りるというわけか。
 何故無断で行なっていたのかと言うと、タダで欲しくて断られたくなかったから、そして本来別のナッツを使っていると記載していたからだ。かなり卑怯だが、まあもうやらないという確約を得たので、いいとしよう。
「犯人も突き止めて良かった! キムチ! 良い球際のデュエルだった!」
「サッカーで言うなよ」
 そんな会話をしながら、俺と瀬奈はそれぞれの家路に着いた。
 明日もまた瀬奈と何か変わったことが無いか探す約束をした。
 中学一年生の夏、俺と瀬奈の日々はまだまだ続く、予定。

(了)