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カミングアウトがもたらした親子関係の変化と井脇ノブ子氏


幼少期から、大人になったら親と縁を切る覚悟で生きてきた。「男になる」なんて言ったら両親、とくに母親はショックでどうにかなってしまうんじゃないかと思っていたから。

しかし私は20歳の頃、正確には20歳を迎えた誕生日の夜、両親にカミングアウトすることになる。

理由は単純に、両親と縁を切る勇気がなかったから。


大学まで出してもらい、不自由なく育てられた。親子関係が悪いわけではない。
そんな中で理由も言わず突然行方をくらますのは無理があるし、何より申し訳ない気持ちが強かった。

そして私が中学生の頃に金八先生性同一性障害が取り上げられたことで世間にその名称が知られてきた頃だったため、心のどこかにもしかしたら理解して受け入れてくれるのではないかという淡い期待があった。


シチュエーションは。言葉選びは。相手はどんな反応をするのか。

親しい友人へのカミングアウトは経験していたが、両親となると最大の難関である。

実行するにあたり、計画を練った。
私は話して伝えるのが得意ではない。
普段から自分が伝えたかったことと相手が受け取ったニュアンスが異なり、そういうことを言いたかったのではないのだけど…とモヤモヤして終わることが非常に多いのだ。

そのため直接話して伝えることは選択肢から外れ、伝達方法は手紙一択となった。

内容としては、物心ついた頃から性別に違和感があったこと、男として生きていきたいこと、20歳になるまで育ててもらって感謝していること
などをつらつらと書いた。

では手紙を渡すとして、目の前で手紙を読まれている間、私はどうしていればよいのか。すぐに顔を合わせるのも何だか気まずいし。。


そこで登場するのが、伝家の宝刀夜行バスである。
大学生の頃の私は夜行バスに乗りさえすればどうにかなると思っていたのか。夜行バスを何だと思っているのだ。

手紙を渡してそのまま夜行バスに乗り、しばらく帰らないという手段をとったわけである。
しかも20歳を迎えた誕生日の夜にだ。
しばらくと言っても友人宅に2泊させてもらい、バス泊を含めて4泊5日くらいだったかな。
今思えばかわいいもんだね。


帰宅も緊張したのを覚えている。
母親からの第一声は、
泣くだけ泣いたからもう大丈夫。
父親からの第一声は
何かの間違いだろう。

だった。
親からすれば、子どもが無事に20歳を迎えたと思ったら急に性別変えるとか言い出したわけで、そりゃそうなるよね。

当時の若かった私はそんなこと考えられるわけもなく
やっぱりウチの親は理解してくれない!知らん!
と、一旦心を閉ざしたのでありました。


失敗に終わったかに思えたカミングアウトだったが、両親はそれぞれ子育てについて振り返ったり我が子の将来を案じたり、色々考えてくれたようだった。

「男の道はつらいぞ。女でいた方がいい」
「ボーイッシュな今のままでもいいじゃない」


そんな言葉も全て、当時は説得しようとしてるのか!無駄だ!ウチの両親は何もわかっとらん!頑固者め!としか思えなかった。
もはやどっちが頑固なんだか。

他にも色々なことを言われたが、特に覚えているのは
「井脇ノブ子さんとか、身体そのままでも自然じゃないの。ピンクのスーツでいいじゃないの」という言葉。
今なら「やる気!元気!イワキ!」と返したいところだが当時はそんな余裕もなく「ヤダ!絶対!」としか言えなかった。やだ、語彙力のなさ…そして井脇ノブ子氏も突然名前を出されて甚だ迷惑な話である。



そんなことはさておき。
とにかく当時の私はウチの親はわかってくれない!の一点張りだったが、両親は両親で突然のカミングアウトを受けて非常に悩み、我が子のことを考えてくれていたのである。
あれから20年近く経った今、改めてそう思う。いつの間にか親の立場がわかる年齢になってきたのだなあ。


もしもあの時カミングアウトしなかったら、
両親を傷つけることはなかっただろう。
でも、もしカミングアウトしなかったら、こんなに両親と腹を割って話す機会は一生なかっただろう。

大切な存在であればあるほど、「そうなんだね、いいと思うよ、応援するよ」などと簡単には言えないものだ。

時間をかけて対話をし、受け止め、私が選んだ生き方を応援し続けてくれている両親には感謝しかない。

そして、当時父親が言っていた言葉でもう一つ印象深いものがある。
「今はまだ世間の目は冷たい。あと10年もすれば日本も今よりは偏見が少なくなるだろう」

まだ途上ではあれど、本当にその通りになったように思う。
10年ひと昔とはよく言うが、これから先も10年そのまた10年と経って過去を振り返った時、昔と比べて生きやすくなった!と誰もが思えるような世界になっていますように。

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