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小説詩集6「パソコンくんとひさびさ〜会議とスリープ〜」

「今日も会議があってさ」

「ええ」

「ものすごいく疲れたのよ」

「ずっと家にいただけのように見えましたが」

 上目づかいに、私はパソコン君をにらむ。

「確かに、リモートだから家にはいたけれど、でも会議ってさ、どこか偽善者的な何かを孕んでて、ありもしないことをでっち上げては話し合ってるみたいなところあるじゃない、そこに疲れるのよ」

「上司にいいますよ」

「いやさ、上司だってどこかでそんなこと疑ってるんじゃないかと、私疑ってるんだよね」

 パソコン君は、ちょっと間をおいてニヤリとした。

「じゃあ、それ、私がやってあげますよ」

「また始まった、あんたの安請け合い」

「どうゆうことですか」

「できるできるって言って、しょっちゅうバグっては放棄するじゃない」

「それはあなたが矢継ぎ早に僕を急き立てるからですよ」

 そんな言い訳する人間的なパソコンがあるのか、と思いながらも「んじゃ、任せた」と言いながら、でもいいの?あんたも疲れない?って思ってると見透かすしたようにパソコン君が答えた。

「担雪埋井ですよ。無意味なことをただただ繰り返す。そんなのは私どもに任せてくださいよ。喜んでやらせていただきます。いえ、やりたいんです」

「どうゆうこと?」

 私はいぶかった。

「あなた方人間は無意味なことを嫌がりますが、僕はそれが好きなんです。なぜって、ほらこれはもう修行みたいなものですから、そこから、達成感とか爽快感とか、あと無常観なんかがご褒美についてくる。だんだんあなた方に近づけますからね」

「え、そうなの、そう聞くとなんだか手放すのが惜しいような気がしてくる。でも度を越した無意味さはやっぱり避けたいな」

 機械みたいに働く私がそれを放棄してやっと人間らしく暮らせるー、って言ってるのと、機械みたいに働くのを引き受けたパソコン君がやっと人間になれるー、って言ってるのが、グラフ上で交差する図がよぎった。

 それで私はこんな提案をしたのだった。

「旅に出ない?」

 だって、人間だったらやっぱり命の洗濯はするでしょ。で私はパソコン君を入れたリュックをしょって旅に出た。


 そこは田園風景の続く田舎町で、眼前に田んぼや畑が広がっていた。

「ここはお芋畑ですか?」

 私は地元の人に聞いてみた。パソコン君もリュックから身を乗り出している。

「ええ、そうですよ、掘ってみますか」

 とフレンドリーだ。けれど畑の周りにはモヤイ像が配置されていてみんな東を向いてて奇妙だ。

「これは何か意味があるんですかね」

 と、顔を出したパソコン君が私の肩越しに聞いてみる。

「いえ、特には。みんなオブジェを好きに作って置いてるんですよ」

 確かに周辺の畑を見回すと、思い思いのディスプレイを施しているようだった。

「これは観光客集めのためですかね、やっぱり」

 と聞くと地元の人は首をふる。

「そうではありませんよ。ただ労働するだけじゃ人間らしくありませんからね、農作業に創造性を加味したんです」

「なるほど」と私とパソコン君は感心する。

「でもですよ、あえて創造性を意識するなんて、そもそも農作業を作業だと思ってる証じゃないんですか?」

 てパソコン君は不満げに私に耳打ちする。「まあね」って答えて、あしらって、食堂兼販売所を教えてもらった。


「この建物だね」

 中に入っていくと、田園ラーメンって書いてある小窓があった。

 麺打ちをしているのは見えたけれど、見えただけで食堂感がない。パソコン君は心配そうだ。仕方がないから小窓に顔をやっとのことでつっこんで、「あの、注文はどんな風に」と聞いてみた。

「ラーメンですね、奥に進んでください、テーブルに出しておきますから」 

 て言ったきり気配がなくなった。それで私たちは通路を進んだ。その途中の壁に棚が造りつけてあって、パンが控えめにならんでいた。

「これは地元の粉をつかったパンの販売のようですね」

 パソコン君は珍しそうに身をのりだした。

「うん、でも何かひどく消極的な売りかたね、人間性が欠如しているような」

「ある意味、人間的じゃないですか」

 とパソコン君。どうゆうこと?

「つまり、人と接するのが面倒くさいとか、いつ来るともしれない客なんか待ってるのもあほらしいとか、さっきのラーメン店だってそうですよ。ラーメン食べたいならラーメンは提供するが、自分の時間や神経は誰にも渡したくない、そこは絶対死守するみたいな、人間の本質的なところがそのまま主張されているようなシステムですよ」

 そうなの、とか思いながら奥の部屋へ入る。

 ラーメンが置いてあるテーブルがあって、そこが私たちの席なのだと分かったけれど、客もまばらでがらんとしていてる。どんなものでも確実に不味くしてしまいそうな見事なシチュエーションだ。

「お、おいしそうですね」

 パソコン君が無理に気を上げようとする。うん、おいしい、と言いつつさっきから隣の席で、赤ちゃんをあやしてるお母さんが気にかかる。

「あれは、最新の子供の育て方法なんですよ」

 パソコン君が耳打ちした。

 見ると、赤ちゃんは半透明のゴムまりみたいなのに入ってて、お母さんがそれを抱っこしてる。

「かわいいですね」

 て声をかけると、お母さんは、ほら見てくださいって半透明のゴムまりを私に近づけた。そしたら中の赤ちゃんがよく見えて、なんてかわいいんだろって、ヨダレガ出そうになった。これが母性というものかしらと思いつつゴムまりに触れようとしたら、

「検索によりますと、この地域では、ゴムまりに触った人が次の母親になるようですよ」

とパソコン君に小声で忠告された。

 それが聞こえたのか、お母さんは、慌てた様子でどうぞ抱っこしてあげてください、なんて言いながら、私に押し付けようとする。

「ゴムまりの子育てはすごく簡単なんですよ」

 ああかわいい、と思いながらも私はどうしてもゴムまりに触れることができなくて、ラーメンもそこそこに、後退り、後退りさようならって言って駆け出していた。

「やっぱり、逃げましたね、責任から」

 パソコン君が鬼の首取ったみたいにリュックの中で笑った。

「だって、かわいいけど、いきなりお母さんにはなれないでしょ、私。あ、まさかさっきの検索情報ウソだったとか」

「ええ、ウソです。責任を負うのが嫌かどうか試してみたんです」

「でも、私責任あるポジションは切望するわよ」

「それです、責任からは逃げるけど、ないのもイヤなんですね」

 うーん、て悔し紛れに私は唸った。

「あんた、相棒みたいな振りして、私の生活を複雑化してない」

 て言いながら、パソコンくんをボカスカ、ボカスカしてたら、はっと目が覚めた。

気がついたら目の前のパソコンはスリープしてて、「会議はいったどうしたのかしら」て私青くなった。

どうか世界中が魔法にかかったようにスリープしてますように、と祈りながら私は頭を抱えるしかなかった。

 おわり

❄️パソコンくんと私シリーズ的な話です。私の中でレギュラー出演してる方々です。今日もがんばれ〜的な気持ちで、ふわっと書きました。どうか仕事が私たちを苦しめませんように的な可哀想な願いが込められているかもしれません。




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