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小説詩集4「神様からの手紙とスタンプ~宇宙的関係性の話~」

「姉さん、ぼく悲しいよ」
「また学校でなんかあったわけ」
「あった。って言うか、はじめは何が起こってるのか分からなかったし、動転した気持ちが何なのかも分からんかった」
「今は分かるの?」
「気力がなくなって、井戸の淵から見下ろして、なんでだ、って気持ちでただ動けないでいるってことがわかる」
 井戸?ウチにそれはない。けれど今、弟が、泣きはらした頬を風に吹かれるまま立ち尽くしてる。

「神様の手紙っていう白紙が配られて、先生がね、みんなに書かせたその紙が、みんなのところにも行ったし、ぼくのところにもやって来た」
 みんなが、ぼくのいけないところをことごとく書いたんだ。
 みんなが、ぼくのみっともないことをつぶさに書いたんだ。
 みんなが、ぼくにはほとんどいいことがないことを隠さず書いたんだ。
 ぼくは、いろいろと、走り回ったり、叫んだり、はしゃいだり、自慢したり、得意になったりして生きてきた。そうなんだろ姉さん。

「それって本当に神様からの手紙なの?」
「いや、先生が書かせた、同級生からのただの印象だよ」
それなら、と言いかけたところで、
「母さんが帰ってくる前に破り捨ててもいいよね」
 と、弟が言う。
 みんなの、シャーペンをぽきぽき折りながら書いたこの紙は、弟の存在すら揺るがしてしまったんだ。

「姉さんもね、今日も昨日もおとといも、紙には書かれはしないけれど、上手に、あれもこれも違ってるのだし、どれどれ、私がやってあげましょうか。ああ、これが分からなにの?どうしてかしら、仕方ないわね、一つ一つ見てあげましょうか、って言われてるんだよ」
 その人はぺったん、ぺったん、姉さんにスタンプ押しているのだけれど、そのスタンプには、『ダメなひとね』『何も出来ないのね』『価値もないわね』って書いてあるんだよ。
 何か一つやるごとに、何か一言ひとこというたびに大きなスタンプを抱えてやって来て姉さんに押すんだよ。
「あら大丈夫?」って言いながら押すのだけれど、それは姉さんを助けたいからではなくって、こっそりと姉さんをダメにするために押すんだよ。
それなら叱られたり、責められたりした方がまだましなの。
それはただの不寛容なのだし、そもそも焦点が問題そのものに向けられているのであればね。

 でもスタンプを押す人は、自分を見てて、姉さんを見てる。
 だから、姉さんが言葉を発すると、それをお好みの着地点に持ってって、自分の気に入ったスタンプを押して戻してくるの。
 そうすると、姉さん自身もまるで自分がスタンプ通りの人間になってしまったような気になるの。

 まるで母さんのような面持ちで、姉さんの世界を牛耳ってる。
 だから、じっと口を閉ざして、その人の話したいことを聞いてるふりして頷いてる。それが姉さんの城壁を守る唯一の鍵なのよ。
「だから、、、」
「だから?」
 弟は、井戸の淵に手をかけたまま、こちらを向いた。
「だから、ぺったん、ぺったん、と私にスタンプ押そうとするけれど、神様までもそうしようとするけれど、いやなんだそんなの、親も子も、先生も、上司も、優しそうな同僚もなくって、もう宇宙的な関係性の中で『ノー』と私は言いたいの」

 弟は向き直ると、井戸のその中に、今日持ち帰ったクラスメイトの数だけある紙切れを、気だるく持ち上げて手から離した。
 紙切れは、夕やみの風に吹かれてはらりと落ちていったけれど、ふわりと浮かんだ一枚が、私の足もとに届いた。
手に取ってみると、
 泣いたり笑ったりして、駆けてって転んでまた泣いて立ち上がった。僕は君がうらやましいんだ。
 とある。
「これは?」
「今日来たばかりの転校生さ」
「転校生って、いったいどこから来たのかしら」

おわり


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