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小説詩集5「ハーメルンの笛吹 you&me」

 私の彼ってサイコパス的で、この人って感情あるのかしらっていつも思う。
 なのに私が、好きだ、というものだからこの人はムリに感情ある、を装って私と付き合ってくれてる。
 今日だってたぶん、特に用事もないわけだからあえて面と向かう必要もない、と思っているに違いない。けれど、私が恋人同士のあるべき姿を問いただすから、わざわざ待ち合わせのカフェに来てくれて、今私の前に座ってる。
 ただ、頬杖をついたまま微動だにしないのには問題がある。
 さあ、それでどうする、と言うように彼はじっと私をみつめたままだ。

「今日は大変だったわ」
 と私はとっかかりを作る。
「それで?」
「それで、ではなくって、どうして?と聞くべきよ」
「どうして?」
「会議よ、営業プロジェクト会議があって私、作った資料をモニターに映し出したの。そうしたら、みんなが食い入るようにグラフに見入っていたけれど、説明しているうちに、これはつじつまの合わないヘンテコな資料だ、ってみんな分かって来て、激しい質疑応答が始ったの。私はパソコンを閉じて即座に帰りたかったわ」
「そうか」
「そうかじゃなくって、本当か?よ」
「本当か?」
「本当よ。どうしてそんなことになったかって?それはね、私があまりにも視野が狭くって思い込んでたことが、てんで的外れだったから。同僚なり上司なりにアドバイスをもらうべきだった」
「うん」
「あ、今度は「うん」であってるわ。でもね、本当は問題点がずれてるとか、数字がテキトーだとか、ましてやサービスについてのアイディアがないとか、そんなことじゃないの」
「うん」
「どうゆうこと?って聞いて」
「どうゆうこと?か」
「そもそもさ、自分自身がクーポンにつられて買い物することもないにのに、クーポン開発しろって言われたって無理なのよ」
 それで、私はこの問題の根源的なことについて彼に説明しなければならなかった。

 私の母という人はね、一芸に秀でてるって人、が素晴らしいと思っていて、私のその一芸を探し求めつづけていた。けれど、誰もかれもが秀でるもの、を持っているわけではないわけだから、母が私のそれを捜し続けているうちに、アッと言う間に私は大人になった。
 そのころになると母のブームは別のところに移っていて、一流のチャラチャラした生活に焦点があてられてた。
 私はその時点で置いてけぼりになったわけで、焦りのあまり、とにかく自分にできるかもしれない職業に就くしかなかった。
 母は私の中に見つけられなかったけれど本当は私は売ることよりも、作ることに本質があるんだと思う。

「それで?」
 彼が的確に聞く。
「母を恨んだわ」
「だから」
「だから、ハーメルンの笛吹を召還したの」
「君にはお母さんがいないといっていたね」
「どこかにはいるのよ、でもどこにいるかは分からないわ」
「つまり、君の言いたいのは?」
「それと同じことが、今日もあったってこと。質疑応答が凄すぎたの。矢継ぎ早な資料請求に私の頭脳と心がバラバラになりそうだった。考えてみたってわかるじゃない。私はクーポンを出すことすら面倒で、それぐらいならいっそ倍のお金を支払った方がいいぐらいの無頓着な人間なのよ。それなのにクーポンサービスという名のロープで私の心をぐるぐる巻きにするなんて、だから」
「だから?」
「だから、ハーメルンの笛吹を召還したわ」
「つまり」
「会社には人っ子一人いなくなったの。それで早くあなたに会いたくなって電車に飛び乗ったのだけれど、電車は込み合ってて、私降りますって叫んだけれど人波に押されて降りられそうもなかったの、それで」
「それで」
「ハーメルンの笛吹を召還したの」
「みんないなくなったのかい」
「うん」
「君の話を夢中で聞いていたら、君しか目に入らなくなっているんだけれど、もしかしたら」
「うん、二人っきりになりたかったから、召還したの」
「でもさ、そうしたら最終的にこの地球上には僕ら二人しかいなくなるわけで、それってこまりゃしないか」
「それこそが、恋人たちのあるべき姿だと思わない?」

 そこへカタカタとカフェの店員さんが、慣れない様子でカフェオレを持ってきてくれた。
「どうやら、ハーメルンの笛吹が連行していったところから脱出できた奴がいるようだね」
 彼がホッとしたように言った。
「ええ、でも問題は、クーポンサービスと特典付きサービスのどちらが有効かってことで、あなたの意見を聞きたいわ」
 とか言いながら彼といるのがうれしくて、私にはやっぱり喧噪なんか聞こえないわ、って思えてこの世界に二人っきりでいるような気がしているのだ。

 おわり

❄️このお話のスピンオフ的な、あるいはネガ版的な「ハーメルンの笛吹き男の反論」もよかったら読んでくださいね。お話はさらにお話を生むものなんですね。


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