見出し画像

(詩)林屋の紀ちゃんが

どうして林屋の紀ちゃんは
ジョーとのことをあきらめて
マンモス西と結婚したんだろう
そんなことをふと想いながら

ぼくはあなたのことを思い出していた
あなたといたあの時代のことを

昔あんなに不幸だと思っていたことも
十年二十年歳月がたつと
今ではこんなになつかしくて

どうして時が流れ去っただけで
どうして人はおとなになると
どうしてこんなになんでも
許せるようになるのだろう

なにかをあきらめてしまうことも
あきらめてゆく人のことも

どうして人はいつも
幸福ばかりを望んで生きてゆくのだろう
しあわせでいる方が
ほんとうはたくさん涙を流すのに
どうして人は

ぼくは不幸のままでいいから
あの時代にいたかった
不幸のどん底でもいいから
あなたといたかった

寒くて毎日
ひもじい想いをしていた少年のころ
それでもいいからずっと
あなたといたかった
ずっとあの時代の中に
ひざをかかえていたかった


まだ白黒のTVの中のリングの上で
力石徹と矢吹ジョーがたたかっていた頃

ジョーとのことをあきらめて
マンモス西と結婚しようと
そんなふうに決めた
林屋の紀ちゃんがまだ少女だった頃

紀ちゃんがまだ無邪気に
雨上がりの公園のブランコにのって
毎日激しい練習にたえる
ジョーのことを想いながら

水たまりに映ったくもを見ていた頃

どうしてもぼくは
紀ちゃんにあきらめないでほしかった
どうしても

けれど紀ちゃんはマンモス西と結婚した
TVを観ながらなんだかぼくが
失恋したような気分だった


そして少女だった
紀ちゃんが去った後の
たそがれの公園で

あの日のブランコはまだ
雨上がりの風に
揺れていてくれるでしょうか
そっと静かにいまでも

少女だった林屋の紀ちゃんが
そっと静かにあきらめた
あの、想いをのせたまま

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?