(小説)交響曲第五番(五・一)
(五・一)第五ラウンド
「それ絶対、紀ちゃん、おめえに惚れてっから」
林屋に紀ちゃんを送り届けた後びしょ濡れでドヤに帰った自分が、今夜のことを和田さんに話した時の、和田さんの第一声だった。
「まさかあ」
けれど洌鎌さんも和田さんに同調した。
「昇ちゃん、百戦錬磨の和田さんが断言すんだから、間違いないって言うよ。で、どうすんの、昇ちゃん」
どうすんのって言われても、返事のしようがなかった。
「そうだな、これはナイーブな問題です。だから焦っちゃいけねえ」
腕組みしながら、自己満足に頷く和田さんだった。
「俺、焦ってなんかいないっすよ、別に」
「いいから聞け。兎に角紀ちゃんのことを、おまえがどう思ってるか、それが一番肝心だ」
「そうそう、どう思ってんの、昇ちゃん。いい加減な気持ちだったら、許さないって言うよ」
しかし親身になる二人を前に、自分はかぶりを振るしかなかった。
「正直、自分でもどう思ってんのか、分んないっすよ」
「分んないって。じれってえやつだな、まったく」
「まあま、和田の旦那、抑えて抑えて。じれったいところが、昇ちゃんの良いところだって言うよ」
自分の部屋に戻っても、紀ちゃんのことが頭の中から離れなかった。もし和田さんが言うように、本当に紀ちゃんがこんな自分なんかに好意を持っていてくれたとしたら、それはとても有難いことだし勿体無さ過ぎる。でもそんな紀ちゃんの純粋な想いに、こんな薄汚れた自分なんか、とても応えて上げられそうにないと思った。