テネシーワルツ

おもちゃの赤いピアノ

貧しい家の母親は
かわいい娘のために

ほんとうは
黒い立派なグランドピアノ
買ってあげたい気持ちを

その赤いおもちゃの
ピアノにたくして
買い与えます

そのおもちゃの鍵盤の
一音一音に祈りをこめて

どうかやさしい
心のきれいな女の人に
育ちますようにと


小さいうちは
たしかに夢中で
遊んでいた娘も

けれど年頃になり
いつかおもちゃの
ピアノにもあきて

ピアノの買えない
貧しい家を嫌い
さっさと街へ出てゆきます


それから
何年も何年も
歳月が経ったある日

母親の危篤の
知らせをきいた娘は
急いで子どもを連れて
帰ってきました

彼女は
家の押し入れの中から
もうすっかり
ほこりかぶった
あのおもちゃの
赤いピアノを見つけます

そして彼女は
母親の枕もとで

歌などろくに知らない
母親が
たったひとつだけ
口ずさんでくれた

テネシーワルツ、弾きました
そのおもちゃの
赤いピアノで弾きました

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