(詩)五月の自転車

海を見たよ

降りそそぐ五月の日差し
あの頃はいつもひとりで

海を見たよ

長い坂道を汗かきかき
自転車押していた
きみはまだ少女で

ぼくには
その自転車の
さびたハンドルさえ
まぶしかった

駅前の駐輪場で
きみの自転車見かけては
ハンドルにこっそり
触れようとして
できなかった

五月生まれ
へえ、おんなじ
ただ少しぼくの方が
数年早かっただけ


海が見たいの

まだ一度も
見たこと、ないんだ
生まれてから、わたし

それじゃ今度の五月
今度五月が来たら
見にいこうよ
ぼくとふたりで、ね

でも
あなたの近くにいたら
今でもここが
海みたいな気がする

なんでだかわからない
わたし
目がへんなの、かもね

こもれ陽の差す
緑の風の中で
あふれるほどのまぶしい
若葉のにおいに
抱きしめられたら

今、一瞬
海が見えたの

ずっと思ってた
ずっと生まれた時から
ずっと
どこかにわたしを
思っていてくれる
人がいる、と


海を見たよ

あの日きみが見た海を

降りそそぐ五月の日差し
きみと歩いた坂道を今は
ひとりになって歩きながら

駅前の駐輪場に
さしかかったら
そしてやっぱり、きみのあの

さびたハンドルの自転車
さがしてしまったよ

もうこの街に
きみはいないのに

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