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(小説)風の放送局(三)

(三)雨の街を(荒井由実 一九七三年)
 一九八〇年×二〇一〇年の七月二十五日

 あれから一年近くが経過して、少年は既に高校三年生になっていた。三年生になっても少年は、相変わらずの日々を過ごしていた。
 ラジオの深夜放送と詩作の日々。そして夜明けには決まって、相棒COUGARの周波数をFMの77.0MHzに合わせた。
 風の放送局。この退屈としか言いようのない放送の電波を、少年は初めて耳にした去年の八月から、毎朝一日も欠かさず受信し耳を傾けていた。その理由は、放送のトークの中に出て来る、きみって子のことが心配だったからに他ならない。
 夏が訪れると少年は、去年同様深夜の海へと出掛けるようになった。砂浜で深夜放送を聴きながら、詩を綴った。
 午前五時、深夜放送も終わり、海辺には既に夜明けの陽が昇り始める。少年はいつものように、愛機COUGARを風の放送局に合わせた。
 スピーカーから聴こえ来るのは、もうすっかり耳に馴染んだ波の音。それから風の放送局のお喋り。しかし最後までちゃんと聴いているつもりなのだが、気付くといつも、いつのまにか途中で寝てしまっていた。はっとして目を覚ましても、COUGARから聴こえ来るのは残念ながら決まって波音かノイズ。詰まり放送終了である。そんな日が幾日か続いた。

 そして高校生活最後の夏休みへと突入し、遂に目出度く一九八〇年七月二十五日を迎えたのだった。
 なぜ目出度いかと言えば、今日こそが例の千日間詩を書き続けたら運命の人にめぐり会えるという伝説の、その記念すべき千日目だったからである。
 夜明け前、少年は早々とその日の詩を書き上げた。それは、運命のきみに贈る少年の熱き想いを綴った詩となった。
 果たして運命のきみは、少年の前に現れるだろうか。期待と不安に胸を膨らませながら、少年はひたすら待ち続けた。と言いたいところ、実は少しも期待などしていなかった。なぜなら少年は千日間一日も休まず詩を書き続けたという、その達成感だけで既に満足していたから。
 俺はそれだけでもう充分だから、運命の人に会えようが会えまいが、どっちだっていいんだよ。俺なんかそもそも女運、ちっとも良くないし……。
 午前五時。夜明けが訪れ、いつものようにCOUGARの周波数を風の放送局に合わせながら、少年は心地良い虚脱状態に浸っていた。
 早いもので風の放送局を聴き始めてから、一年近くが経過しようとしていた。海賊放送に決まっているから、そのうち警察に捕まり放送も終焉を告げてしまうだろう。そんなふうに冷ややかに見ていたけれど、今のところはそれも杞憂に過ぎなかった。今朝もしっかりといつもの波音がCOUGARのスピーカーから流れて来たし、その後にはちゃんと聴き慣れた中年おやじの声も。
 風の放送局と共に迎えた、記念すべき千日目の朝だった。夜明けの海は穏やかで、朝陽に導かれた光の波が、水平線の彼方まできらきらと煌めいていた。
『JOKA―FM、こちらは風の放送局です。おはよう、今朝は二〇一〇年七月二十五日。良く晴れた爽やかな夏の夜明けです』
 その通り、今朝は俺も気分爽快だぜ、風の放送局のおっさん。
『今朝はね、珍しくぼくの少年時代の話などしてみようかなあ、なんて思ってます』
 へえ、少年時代の話ねえ。なんか如何にも退屈そう。ふっわーーっ。
 少年は聴く前から大欠伸。無論お構いなく、風の放送局は話し始めた。
『どんな少年だったかっていうと、孤独でいるのが好きでね。いつもひとりぼっちでいたかな、中学の時も、高校の時も。詩を書くことが好きで、音楽が好きで、深夜放送を聴くのが大好きで……って、それじゃ丸で、わたしとおんなじじゃないって。ま、そうかもね。やっぱり、親子なのかな』
 そう言うと、風の放送局は照れ臭そうに笑いを零した。
 ちょっと待ってよ、風の放送局のおっさん。それって、俺ともおんなじなんだけど……。
 風の放送局に対し、少年は俄かに親近感を覚え始めた。
 でも、わたし、ってことは、じゃ、お子さんは女の子なのかな。
『夏になると、深夜こっそり家を抜け出し、ひとりで近くの海辺へ出掛けてね。そこで一晩中、ひとりぼっちで過ごしていたんだよ。詩を書いて、深夜放送と音楽を聴きながらね』
 ちょっと、ちょっと。だから、それもおんなじだって、俺と。
 丸で自分の話を聴いているみたいで、少年は他人事のように思えなかった。
『残念ながら、今きみのいる市立大学附属病院の六階の病室の窓から、あの海辺は見えないけれど。そうそう、海の公園、じゃなかったんだよ、まだあの頃は。そうだ、確かにそうだった。懐かしいなあ』
 何が懐かしいなあ、だよ。ひとりで悦に浸ってんじゃねえよ。でも、市立大学附属病院かあ。それって何処の市立大学なんだろう。それが分かれば、風の放送局の居場所も分かるかも知れないんだけど。それに海の公園って、何処の海の公園だあ。
 親近感故の疑問が、少年は次々と浮かんで来た。
『あの頃、千日間詩を書き続けたら運命の人にめぐり会えるっていう伝説を聴いてね。すっかりそれを信じ切って、中学から高校まで夢中で詩を書き続けたんだよ。そしたら』
 そしたらって、ちょっと……。それもまったく俺とおんなじなんだけど、何たる偶然。どうなってんの、この人。さっきから、もしかして俺のこと喋ってない。ね、もしもし、そこのラジオのおじさん……。
 少年はまっ赤な顔して、まっ赤なCOUGARのスピーカーに向かって問い掛けずにはいられなかった。
『どうなったと思う。実はね。千日目の朝、ひとりの少女と、あの海辺で本当に出会ったんだよ』
 なーにい。
 少年は吃驚仰天。
 そうなんだ。良かったね、風の放送局さん。ということはさ、落ち着けよ、俺。あの伝説は、単なる作り話なんかじゃないってことなんだね、やっぱり。へえ、じゃ、もしかして俺も会えるかも、運命の人に。どきどき、どきどきっ……。
 少年は興奮を覚え、胸の鼓動は弥が上にも高鳴った。もうこうなったら、期待せずにはいられない。
『ではちょっと休憩して、今朝の一曲目はこの曲。荒井由実、雨の街を。どうぞ』
 ところが曲を聴いているうちに睡魔に襲われ、少年は大欠伸。
 ふっわーっ、ねっみい。って、やべえ。こんな大事な時に眠くなんなよ、な、俺。しっかりしてくれよ……。
 しかし睡魔には勝てない。少年はCOUGARから流れ来る曲を子守唄に、ゴロンと砂に寝転がる。
 あーーっ、もう駄目。お休みなさい、風の放送局のおっさん。それじゃ、さようなら……。
 欠伸と共に少年は目を瞑った。ところがその時、突然声が。
「きみ」
 ん、何だ。
「きみ、きみ」
 はっとして、少年は目を開いた。すると確かに声。しかもそれは、若い女の声だった。
 どきっ。もしかして俺を呼んでいるのかも。一体誰が。
 少年は慌てて上体を起こした。確かに背後に人の気配がした。
 もしかしてこれは、これが運命の人かも。どきどき、どきどきっ……。
 呼吸が止まるかと思う程に、少年は心臓の鼓動が高鳴った。
 確かめたい。でも、振り返るのが恐い。
 愚図愚図している少年に向かって、背中の声は続けた。
「こんなとこで寝てたら、風邪引くよ」
「えっ」
 少年は思わず声を上擦らせた。
 やっぱり俺に話し掛けてるんだ。絶対、間違いなーーい。
 確信を得た少年は、遂に振り返った。
 そこにはやっぱり、ひとりの少女が立っていた。

 目と目が合った。
 じわーーっと額に汗が滲んで来る。少女は少年に向かって、人懐っこそうに笑い掛けていた。
 彼女の服は、白いワンピース。それに青いサンダルを履いていた。少女の笑顔が眩しくて、少年は頬が赤らむのを抑え切れなかった。
 でも誰なんだろ、この子。何で俺に話し掛けて来たのかな。しかも、なかなかの美人。ちょっと翳りとか、あったりなんかして……ううっ、やばい。これはやっぱり、やっぱり運命の人ですか……。
 少年は必死に興奮を抑えた。しかし良く見ると、相手は年上っぽくて、恋人とか彼女と言うよりお姉さんタイプと言った方が相応しかった。
 でも、やばい。俺まだ何にも、返事してなかった。さっさと返事しなきゃ。でも何て答えれば、いいんだよ……。
 少年はひとりで焦りまくった。そんな少年に比べて、少女の方は落ち着いていて、かつ穏やかだった。遠慮なく少年に向かって続けた。
「その放送、面白そうだね。ちょっと聴いててもいい」
 えっ、なーんだ。関心あんの、ラジオの方か、俺じゃなくて。がっくーーん。
 ちょっと気合いが抜けた少年。でも愛想良く返事をした。
「いいよ、こんなんで良かったら。幾らでも、どうぞ」
 こんなんでって、風の放送局のおっさんにちょっと失礼かな。ごめん。
 少年はCOUGARに向かって舌を出し、密かに謝った。
「ありがと」
 少女はにこっと微笑むと、COUGARの横に腰を下ろした。COUGARを挟んで、少年と並んだ。そして少女は膝を抱え、海にその視線を向けた。
 風の放送局は曲が終わり、再びお喋りが始まった。
『突然だけど、ママから聞いたよ。今後の治療について、きみは辞退したそうだね』
 えっ、今後の治療を辞退した……。どうして。そんなことして、大丈夫なの。
 吃驚した少年は少女の存在も忘れ、COUGARに集中した。
『ママからは、あなたのせいだと激しく非難されたよ。あなたが洗脳したからだ、とね。洗脳かあ。まあ仕方ないかもね。ママからはすっかりもう、変人扱いされちゃっているから。でも……もしかしたら、そうなのかも知れない。去年の八月十八日からこの放送で、ぼくはずっときみに生と死について話して来たから。
 人は誰だって、いつかは死ぬ。ただそれがいつなのかは誰にも分からない。明日かも知れないし、たったの今、この瞬間かも知れない。百年生きる人もいれば、十年の人だっている。けれど誰だって許された今を懸命に生きていることに変わりはない。そうだよね。だからそんな貴重な今を、きみの大切な時、一分一秒を、きみらしくきみ自身の為に生きて欲しい。それがぼくの望みと祈りの、すべてなんだよ。
 こんなぼくだって勿論いつかは死んでゆくけれど、もしもぼくが人としてまたこの世界に生まれて来ることを許されたなら、その時ぼくはやっぱりまた、きみの父親でありたい。そう願っている。
 ぼくは今回の、きみのこの決断を誇りに思うし、かつ感謝せずにはいられない。そんな気持ちでいっぱいなんだよ。ありがとう、海雪(みゆき)』
 みゆき、みゆきさんかあ。みゆきって名前なんだ、きみって子。詰まり、この人の娘さん。
 少年がそんなことをぼんやりと考えているその時、それまで黙ってCOUGARを聴いていた少女もまた呟いていた。
「みゆき……」
 どうしたんだろう。
 少年は問い掛けたかったけれど、少女は不意に立ち上がり、海へと向かって歩き出した。穏やかな波が打ち寄せる海岸線へと。
「いつも聴いてるの、この放送」
 波打ち際まで来て波の前で立ち止まると、少女は振り返り少年に問い掛けた。潮風が少女の全身を包み込み、髪と頬を撫でて行く。ただし、少女の髪は短かった。
「あ、はい」
「どんな病気なのかな」
「えっ」
「みゆきって人」
「あっ、ああ」
 教えて上げたかったけれど、少年もまだ知らなかった。風の放送局のおっさん、確かまだ放送の中で話したことなかった筈。あっ、でも。もしかしたら話したかも知れないけど、俺その時寝てたりして……。
 少年は苦笑いを隠しながら、かぶりを振った。
「実はね、わたしも海雪って言うの」
「えっ」
「多分、字は違うと思うけど」
 みゆき、だけど字が違うって……。
 少年は興味津々、海雪に尋ねた。
「みゆきさんのみゆきは、どんな字なんですか」
「どんな字だと思う」
 えっ。
「分からないから、聞いてるのに」
 つい愚痴っぽく零した少年に、海雪は笑って答えた。
「ごめん、ごめん。こんな字だよ」
 そして海雪はしゃがみ込み、波打ち際の柔らかな砂の上に指で大きく自分の名を記した。それを見ようと、少年は立ち上がり海雪の隣りに立った。
「海に雪で海雪。海に降る雪の海雪、でーした」
 でーした、って。
 初対面にも関わらずさっきから少年に親しげな海雪に対して、少年もすっかり緊張が解けて軽く言い返した。
「へえ、海に降る雪かあ。格好いい」
「そうかな」
 照れ臭そうに海雪は笑った。
「海に舞い落ちて、しゅっと融けて、誰にも知られず海の波間に消えてゆく。わたし、そんな生き方が好きなの。わたし、そんな儚いひとひらの雪になりたいの」
 えっ。そんな生き方が好き、って。儚いひとひらの雪になりたい、って。なんだか、ちょっと悲観的……。
 明るく振舞う海雪とのギャップに、少年はその訳を知りたいと思ったけれど、口には出せなかった。
「きみは」
「えっ」
「だから、きみの名前」
「あっ、そっか」
 そりゃそうだ。相手の名前を聞いたんだから、こっちも名乗らなきゃ。
 少年は照れ臭そうに答えた。
「俺は、哲雄。三上哲雄です」
「へえ。きみの名前も、格好いい」
「そうかな」
 顔をまっ赤にして照れまくる少年に海雪が続けて話したことは、けれど風の放送局にも負けない位深刻なものだった。
「実はね、って、さっきから実はね、ばっかりなんだけど。実はわたしも、病気なの」
「えっ」
 うっそーーっ。
 さっと少年から笑顔が消え、海雪の横顔をじっと見詰めた。
「わたしの病気はね」
 海雪はまっ直ぐに海を見詰めながら、少年に告げた。
「急性リンパ性白血病って言うの」
 急性リンパ性……白血病。
 少年は何も返事が出来なかった。何て答えれば良いのか、白血病のことなんて何も知らなかったし、何ひとつ言葉が浮かんで来なかったから。
「ま、座れば。きみも」
 海雪はそう言うと、先に波打ち際の砂に腰を下ろした。
「うん」
 少年も静かに海雪の横に座ると、体育座りで膝を抱えた。やっぱり海に目を向けた。波が絶えることなく打ち寄せ、その聴き慣れた筈の潮騒が、今朝はやけに少年の耳に響いて痛かった。
「小学校の低学年で発症してね」
「発症」
「うん。直ぐに入院して……結局小学校を卒業するまで、ずっと化学療法を受けてた」
「化学療法」
「うん、抗癌剤」
「抗ガン剤」
「だけど中学の時再発して、また抗癌剤療法とそれから骨髄移植も受けて……だけど高二の冬、また再発しちゃってね」
「高二の冬、また」
「うん、また。それでもう一回骨髄移植をして……でも、またまた再発しちゃった。三回目の再発ってことになっちゃったの」
「そうなんだ」
「そうなの。だから今は、病院のベッドの上で大人しく療養中。でも主治医の先生が言うには、余命、半年だって」
「余命半年」
 うん。
 他人事のように、軽く頷いてみせた海雪。でも少年の方は、ショックでならなかった。
 余命半年って、嘘だろ。余命半年って言ったら、後半年しか生きられないってことだろ。半年って、六ヶ月だよ。そんな……。こんなに海雪さん、まだ若いのに。
「ごめんね。突然こんな話しちゃって」
「ううん。俺は何にも……」
 何にも、何だよ。ちょっとは何か、気の利いたこと答えらんねえのかよ、てめえ。
 少年は自分がただの役立たずに思え、情けなくて、自分に対し無性に腹が立った。
「誰かに聴いて欲しくて。きみなら年も近いし、分かってくれるかなあ、なんて思って」
 笑みを零す海雪の目は、けれど何処か悲しげだった。
 あっ、そうか。だからさっき、雪のことであんな悲観的なこと言ってたんだ、海雪さん……。
 海雪は黙って、視線を海に戻した。少年も海を見詰めた。
 海雪さんて、海雪って言う位だから、やっぱり海が好きなのかなあ。だから、ここにやって来たのかなあ。俺が年も近いしって、海雪さんは幾つなんだろう。
「きみ、幾つ」
 あっ。
 逆に海雪の方から、聞いて来た。
「高三です」
「じゃ、おんなじ」
「おんなじ」
 嘘だ、絶対年上の筈だよ。
 少年は咄嗟に思ったけれど、反論はしなかった。すると海雪の方から、その訳を語った。
「去年高三の時休学してから、そのまんまだから。一応……まだ高三」
 海雪は照れ臭そうに笑ってみせた。
 あっ、そういうことか。でも……、でもやっぱり早過ぎるよ、余命半年なんて。絶対早過ぎる、海雪さん。
 黙り込むふたりの耳に、風の放送局のお喋りが聴こえて来た。
『ではここで、詩を読みます。少女へ、と言う詩です。
 少女へ
 生き急ぐきみへ
 その席に座っていたひとりの少女が
 じっと花を見詰めていたことや
 時々ひとりで笑っていたことを
 誰も知らなくても……』
 少女へ、と言う詩、だって。
 少年は吃驚した。少年が驚いたのは、詩のタイトルが自分のものと同じだったからである。しかもさっき夜明け前に書いたばかりの、あの記念すべき千日目の詩と。しかし詩の内容自体は明らかに違ったので、少年はほっとした。
『それでは、今朝はこの辺で終わりにします。ラストナンバーは久し振りにこの曲。この歌と、そして海が大好きなきみへ。柴田まゆみ、白いページの中に』
 そっか。やっぱりラジオの中のみゆきさんも、海が好きなんだ。みんな、俺も、海雪さんも、風の放送局も、みんな海が好きなんだね、きっと……。
 海雪と少年はCOUGARから流れ来る曲に、黙って耳を傾けた。

 曲が終わるや、海雪はさっと立ち上がった。白いワンピースの尻に付いた砂を、ぽんぽんと払いながら。
「ありがとう、とっても楽しかった。じゃ、そろそろ帰るね」
 えっ、もう帰るの。
 不意の言葉に、少年は寂しさを禁じ得なかった。けれど療養中の人を、無理に引き止める訳にもいかない……。
 すっかり朝を迎えた海辺の道を、海雪は歩き出した。その背中は痩せて細かった。海雪の後姿が海岸沿いに並ぶプラタナスの陰に隠れて見えなくなるまで、少年はじっと目で追い掛けていた。
 あっ、しまった。海雪さん、また来るのかなあ。
 また会えるのか、もしそうならいつ来てくれるのか、そんなことをちゃんと確かめておくべきだったと、少年は悔やんだ。
 けれど海雪の姿が見えなくなったプラタナスの並木の辺りを見詰めながら、少年はこうも思った。
 もし海雪さんが俺にとっての運命の人なら、また会える、海雪さんは必ずまたここに来てくれる筈……。
 COUGARからは風の放送局の、いつもの波音が流れていた。
 やっぱり風の放送局のおっさんが言ったことは、本当だった。千日の詩の伝説は、本当だったんだ。だって俺も、海雪さんと会えたんだから。
 こうして待ちに待った運命の人と出会った、記念すべき少年の千日目は終わった。


#ファンタジー #再生 #詩 #深夜放送 #海

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