【5分落語】七夕警察
七夕の日の駅前。電話でやり取りしている男女。
沙織「ナツくん!今どこ?」
夏彦「サオリさん!七夕飾りの下って行ったよね?」
沙織「もしかして北口に出た?南口だよ」
夏彦「あ、南口なのか。でもこっちにも(見回す)七夕飾りあるけど」
沙織「そっちはザコよ。南口の広場に(ものすごく見上げる)10メートル級のボスがいるから」
夏彦「なんだそうか、ごめんごめん」
沙織「ふふ、なんだか私達、本当に七夕伝説みたいだよね。遠距離やってるとたまにしか会えないし」
夏彦「そうだね。織姫と彦星は恋人同士なのに一年に一回しか会えないんだよね」
沙織「早く会いたいな。2秒で来て」
夏彦「2秒は無理です」
沙織「じゃあ、ダッシュ!」
夏彦「了解。すぐ行くから、待ってて」
電話を切り、走り出そうとする夏彦を怪しい男が止める。
警察「(手動サイレン)ウウ~~~~!」
夏彦「えっ!?なに!?なんの音!?」
警察「(スピーカー)はい、そこの男性、止まりなさい」
夏彦「だ、誰ですかあなたは!?」
警察「警察です。はい、道の脇に寄ってね」
夏彦「警察がそんな、変な格好してるわけないでしょう」
警察「変じゃありません。頭はこれ双鬟と言いましてね、巨大な輪っかを両サイドに作る織姫スタイルです。着てるものはこれ彦星をイメージしたブルーのシースルー漢服です。全部ダイソーで売ってるもので作れます」
夏彦「何の用事ですか?僕忙しいんですけど」
警察「あなたさっき、織姫と彦星の間柄を、何て言いましたか?」
夏彦「えっ、恋人同士です」
警察「違います。二人は夫婦です」
夏彦「えっ、夫婦なんですか?」
警察「はい。重大な事実誤認なので違反対象になります」
夏彦「なに言ってるんですかさっきから?一体なんのためにそんなことしてるんですか?」
警察「私は一年に一度、七夕の日に、織姫と彦星は恋人同士ではなく夫婦であると、世間の誤解を摘発して回っている、七夕警察です」
夏彦「七夕警察!?」
警察「じゃあちょっとショに来てもらえますか?」
夏彦「なんで警察署に連れて行かれるんですか!?」
警察「警察署じゃありません。自治会の集会所ね。そこを借りて、七夕伝説のビデオ上映をやるんで。それ観て違反講習を受けて下さい」
夏彦「違反講習!?嫌ですよ。これから彼女と会うんです」
警察「幼稚園児向けの教材ビデオなんで短いですよ。ただし、あなたは違反者講習なので5本120分になりますが」
夏彦「これ以上遅刻できないんですよ!」
警察「規則ですから。私の作った規則ですけど」
夏彦「なんでそんなものに従わなきゃいけないんですか。手を離して下さい、は、離れない…!」
警察「私、握力77あるんで、逃げられませんよ」
夏彦「な、何で僕だけなんですか!?織姫と彦星が恋人同士だって誤解してる人は、他にも沢山いるじゃないですか!」
警察「皆さんそう言いますけどね、私の目の前で違反したのはあなたなんですよ。あなたの処理が先です」
夏彦「そんな…もう間違えないから見逃して下さいよ」
警察「皆さんそう言いますけどね、規則なんで切符は切ります」
夏彦「切符って何ですか!?」
警察「講習の後に、赤・青・白のどれかの短冊に反省文を書いて提出してもらいます」
夏彦「いやちょっと勘弁して下さいよ。大体、あの二人が恋人同士でも夫婦でも、どっちでも良くないですか?」
警察「皆さんそう言いますけどね、良くないんですよ。夫婦と恋人は全然違います。現代は夫婦より恋人の価値が高すぎなんですよ。私はそれを非常に憂いて活動してるんです。さあ、行きましょう」
夏彦「嫌だー嫌だー」
沙織「何やってんの?南口だっつってんでしょ!」
夏彦「あ、サオリさん」
警察「電話で話していた彼女ですね。えー、あなたも、織姫と彦星は恋人同士ではなく夫婦であると訂正しなかったので、事実誤認幇助ということで違反対象です」
沙織「誰?この変態」
夏彦「うわ全然遠慮がないわー」
警察「変態じゃありません、七夕警察です」
沙織「警察がそんな乳首の透けた服着てるわけないでしょうが。ほら、行くよ」
警察「待ちなさい。伝承誤認罪で二人とも逮捕です…あー!痛てて!」
沙織「(腕を捻りあげて)いい加減にしなさいよ」
夏彦「もう止めたほうがいい。サオリさんは怒るとものすごく怖いから」
警察「そんな…握力77の私が…」
夏彦「あなたより強いですよ。サオリさん、高校時代に無敵のオリヒメって呼ばれてたんだから」
警察「痛い痛い!すいません、勘弁して下さい。暇だしモテないし、面白動画撮って上げるための悪ふざけだったんです…」
沙織「ほんとにもう、迷惑なんだから。ほら、行くよ」
警察「あ、すいません、最後に一つ教えて下さい」
夏彦「なんですか?」
警察「織姫って呼ばれてたってことは、彼女は高校時代に機を織ってたの?」
沙織「違う。電車で痴漢の腕を折ったから」
(終)