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【新作落語】いでさらい

愛犬と自宅の庭で遊んでいる夫。そこへやって来た近所の住人・行成。

夫「ようし、いくぞ、ジョン。ほうら!(フリスビーを投げる仕草)よし!ナイスキャッチ、ジョン!ははは」
行成「岩崎さん、岩崎さーん」
夫「ああ、どうも行成さん」
行成「上手いもんやな、ワンちゃん」
夫「ええ、やっぱり庭があるのはいいですね。マンションだと、こうはいきませんから」
行成「ほんでな、今日はちょっと言いにくいことを言いに来たんやけどもな」
夫「なんですか?」
行成「あのな、ここいらはな、毎年、五月の頭くらいになったらな、“いでさらい”があるんじゃ」
夫「えっ!」
行成「あんたらは他所から越してきたから知らんやろうけど、毎年、毎年あるんや」
夫「毎年…ですか」
行成「うん。ほなけんな、各家庭に、一人はその、人を出してもらわんといかんのや」
夫「は、はい…」
行成「二日の日にな、公民館に集まるけん、そん時、お宅やったらあんたになるやろうけど、よろしく頼みますわ。知らんかったろうから、ええ話ではないけどもな、これは毎年やけん」
夫「わ、わかりました…。私が行きます…」
行成「ほんだらな、気ぃ悪うせんと、よろしく頼んます」
夫「はい…」
行成「(去りながら)なんや、ただのいでさらいやのに、えらい深刻な顔しとったなぁ…。そんなに嫌かいの、いでさらい」

妻が帰ってくる。夫、深刻な顔。

妻「ただいまー。マルナカ、チョコミントアイス置いてなかったよ」
夫「ちょっと、話がある…」
妻「チョコミントでそんな深刻にならなくても…」
夫「チョコミントじゃない。そんな甘い話じゃない」
妻「なによ。お隣の行成さんが来てたみたいだけど。そこで見たけど」
夫「その、行成さんから聞いたんだよ。このあたり…五月の頭になると…」
妻「五月の頭になると…?」
夫「人さらいがあるって!」
妻「ええっ!」
夫「しかも毎年、必ず、あるらしい…」
妻「そんなこと誰にも聞いたことないよ」
夫「行成さんも、言いにくいことだけど、とか前置きしてたよ…」
妻「でも毎年ってそれおかしくない?警察は何をしてるのよ」
夫「だから、まだ捕まってないんだろう、その人さらいが。地域で警戒するしかないんだよ。そのための、対策集会を公民館でやるんだと思う」
妻「なにそれ…。なによそれ…。のどかで、うどん美味しくて安くて、タワマン一室買うお金で大きな庭と一戸建てが持てる素敵な土地だと思って東京から移住してきたのに…。毎年人さらいなんて…。うどん美味しいのに!おでんも美味しいのに!おでんは勝手に取って後で何本か申告するのに!」
夫「わかった!落ち着け!大丈夫だから!僕が守る!君とジョンと広い庭で暮らせる、この生活を僕が守るから!」
妻「…本当?ここであなたとジョンと平和に暮らせる?」
夫「もちろんだよ。必ず犯人を捕まえる。そのために地域で集まるんだから。人さらいにウロウロされたら、たまったもんじゃない。絶対捕まえる」
妻「でも毎年人をさらって捕まらないって、おかしいでしょ。犯人は人間じゃないかも知れない…。もしかして…鬼!」
夫「まさか、そんなのいるわけないだろう」
妻「いないとは言い切れないでしょ。こんなに自然とか山とかあるんだから」
夫「自然とか山とかあっても、鬼は…」
妻「鬼殺隊に任せましょう!素人じゃ駄目よ!鬼殺隊に首を撥ねてもらわなきゃ!鬼殺隊!鬼殺隊に!柱を!柱を呼んで!」
夫「落ち着いて、ね。鬼も、鬼殺隊も、いないから。フィクションだから…ね」
妻「わかった…。でも、念の為、プランターで育ててる大豆だけは持っていって…。鬼は…外って…」
夫「まあ、君がそう言うなら、持っていくよ」
妻「用意しておく。絶対に、守ってね、あなたと、私と、ジョンの生活を」
夫「もちろんだ。必ず人さらいを捕まえる。地域の安全を守る!」

なんだかんだで、いでさらい当日。

夫「いろいろ持たされたけど、役に立つのかなこれ…」
行成「おはようさん。ご苦労なこっちゃけどよろしゅう頼んますわ」
夫「こちらこそ、よろしくお願いします」
行成「ほんだら公民館行くで」
夫「はい。…妻のため、ジョンのため、生活を守るため…」
行成「何を言いよるんなら?」
夫「いえ、行きましょう。地域のために!」
行成「あ?…ああ、そうやな地域のためや」

公民館の一室。いでさらいのメンバーが集合している。自治会長が登場。

会長「あ~、ほんだら皆さん、今年もよろしゅうお願いします。初めての人もおるけんど、みんな協力してな、安全に、お願いします」
行成「ほんだらな、岩崎さんはわしと同じで池端の脇のとこをやるけんな。ついて来てつか」
夫「え?もう会議は終わりなんですか?対策計画は無いんですか?」
行成「そんなもんないがな。現場行ってやるだけや」
夫「現場!…たしかに、現場は大事ですよね。十分に警戒しないと…」
行成「まあ気ぃつけんといかんいうのはあるけど、そう身構えんでもええで。わしがいろいろ教えるけん」
夫「ありがとうございます!頼もしいです行成さん!」
行成「えらい張り切っとるなぁ。…あ、しもうた。わし、うっかりしとって、持ってくるもん言うとらんかったなぁ」
夫「あ、一応、自分で必要と思われる物を持って来たんですよ。ええと…まず、これ。警棒です!」
行成「なんでそがいなもんがいるんなら?」
夫「やはり場合によっては必要かなと思いまして。それに、妻が護身用に昔使っていたスタンガンも持ってきました。あと、ロープと、通販で買った催涙スプレー。そして、豆、ヒイラギの葉、魚のアラの缶詰、あと藤の花の香油をですね…」
行成「あんた何を持ってきとんなら。そんなもんいりゃあせんがな。ええ?わしの格好を見てみぃ」
夫「麦わら帽に、作業着、タオル、長靴、バケツ…ですね。あと、スコップですか」
行成「そうや。まあ、“はぐち”とか“じょれん”言うんやけどな。これがないと話にならんで」
夫「ああ、スコップでこう、ガツーンと」
行成「どっちかいうと、ドサーッかな?」
夫「ああ、倒れてこう、ドサッと」
行成「どうも話が噛み合わんなぁ。まあええわ。道具がないなら貸したるけん、歩いて行くで。ほら、ここら辺や。ほんだら、さらうで」
夫「えっ!?」
行成「なんなら?」
夫「我々がさらうんですか!?」
行成「当たり前やがな。わしらがさらわんで誰がさらうんなら」
夫「いやいやいやいや、いやいやいや…や、やめましょうよ」
行成「何を言いよるんなら。さらわんといかんのや毎年。決まっとる言うたやろ」
夫「そ、そんな…。ま、まさかさらうのが我々だなんて…。い、生贄ですか…。お、鬼に捧げる生贄ですかぁ!」
行成 「あんたなに言うとるんなら?」
夫「わかりました…わかりましたよ…。妻と、ジョンと、私の平和な生活を、捨てるわけにはいきません!鬼になります!さあ、誰をさらえばいいんですか!」
行成「わけのわからんこと言うとらんと、早う入って来まい。泣くほど嫌かね、いでさらいが…」
夫「えっ。あの…何をしておられるんで?」
行成「さらいよるんや。見たらわかるやろ」
夫「何を…さらって…」
行成「いで!」
夫「井出さんを、さらう…」
行成「違うがな。いで言うたらこれ!側溝!水路!これがいで!溜まった泥やゴミをさらうの!い・で・さ・ら・い!」
夫「あ…い・で・さ・ら・い」
行成「そうや。田植えの時にな、水がきれいに流れるようにせんといかんやろ。やけん一年に一回みんなでいでさらいするんや」
夫「あ…はは。そうか、用水路の掃除、いでさらい。あはははは。もう、嫌だな、最初からそう言ってくださいよ」
行成「だから言うとるがな最初から」
夫「妻よ…ジョンよ…人の道を踏み外さなくて良かったよ…」
行成「あんたほんまおかしな人やなぁ…」
夫「じゃあ、僕、張り切ってやりますよ!いでさらい!前からね、こういう泥だらけになってね、自然の中で奉仕活動するのに憧れてたんです!いで、最高!さらい、最高!ははは」
行成「いや別に好きで泥だらけにならんでもええけどな…。あんまり張り切りすぎんほうがええで。腰に来るけんな」
夫「大丈夫です!ははは!よし、こっちの方もさらおうかな。いでさらい~いでさらい~ひとさらいとは似てるが違う~」
行成「あ、水のある方へ行ったらいかん!そこは狭いけん入ったらいかん!」
夫「えっ。あっ。ああっ!肩が、肩が動かない!あっ!水が!沈む沈む沈む!」
行成「おーい!一人嵌った!嵌ったけん来てくれーっ!」
男1「なんなら!」
男2「こらいかんで!引っ張り上げろ!」
行成「氏家さんそっち持ってつか!行くで、せーの!よいしょお!」

夫、数人がかりで助けあげられる。

夫「はあっ、はああっ、…す、すいません、あ、ありがとうございました…。死ぬかと思った…」
行成「あんた、ほんまにじょんならんなぁ」
男1「じょんならんわ」
男2「ほんま、じょんならんなぁ」
夫「あ、ジョンならうちの犬です…」

(終)

【青乃家の一言】
うどん県で口演されることを前提とした方言落語です。「じょんならん」とは「手に負えない」という意味。下げまでローカルネタなので、これはもう地元の誰かにやっていただくしかありません。
どなたか、お願い!(;´∀`)