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【連載小説】空想少年の宿題 第6話「助けなきゃ」

(あらすじ)
ノートに空想ばかり描いている小学6年生の純平は、いつものように何もない夏休みを過ごすはずだったー。
幼馴染のテッちゃんの誘いで、謎のUMA “ 雨男 ”を探しにいった彼は、傷ついた宇宙船を発見する。
宇宙船のAIに頼まれ、不思議な少女を助けたことをきっかけに、彼の運命は大きく動き出し、やがて人生最大の宿題に挑むことにー。

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第6話「助けなきゃ」

 「うっ、宇宙船だって...?」

 僕が丸い目を隣に向けると、テッちゃんも同じ目をして首を振った。

 「時間が...ありまセン。名前も知らない子どもたち...君たちにお願いが...ありマス...博士を......」

 やわらかい男性の声が途切れ途切れになり、やがてヘッドライトの明滅が止んだ。

 「おい、どうした? 博士が何だって!?」

 テッちゃんが問いかけても、返事はない。光を失った大きな船体は、闇の中に佇む岩のようだった。

 宇宙船の声は、人間とは違う落ちつきがあった。だけど必死だった。誰かを助けたい、そんな風に聞こえた。
 誰か――。僕は、張り付くようにしてキャノピーの中を覗きこむ。

 「おい、純平?」
 「テッちゃん、中に誰かいるよ!」
 「ま、まじ? 宇宙人?」

 天蓋の向こうに、うっすらと人影が見える。この人が、宇宙船の――。

 「わかんない! でも、なんか変だよ!」

 中の人影は、ちっとも動かない。僕は、キャノピーをドンドンと拳で叩いた。

 「おーい! おーい! 大丈夫かぁ!?」

 張り上げた声は、遠くで反響するばかりで、返事はない。

 「純平、ここ見てみろ」

 テッちゃんが指さした先を見ると、キャノピーの下にわずかに隙間が空いている。

 「テッちゃん、開けるよ」
 「おっ、おう」

 2人で隙間に手を入れて持ち上げようとする。

 「ふーん! ふーん!」
 「おらぁー!...全然あがんねぇ...」

 2人がかりでもビクともしない。手のひらがジーンと痛む。
 ふと宇宙船の側面から、回路みたいなものが露出しているのに気づいた。傷ついて、開けたくても開けられなかったのか。

 (何かないか?)
 辺りを見渡す。
 すると、宇宙船の背後に、木が倒れているのが見えた。ここに不時着した時に、ぶつかったのかもしれない。真っ直ぐでゴツゴツした樹皮、クヌギだ。

 「あれなら...。テッちゃん、手を貸して!」
 「よし、任せろ」

 2人で倒木を持ち上げて、キャノピーの隙間へ突っ込む。

 息を合わせて、下へ思い切り力を込める。テコの原理だ。

 「せーのっ! ふん!」

 「もう一度いくよ!」
 「おう!」

 「せーのっ!」

 少しずつキャノピーが上へ上がっていく。

 「もうちょっとだ! いくぞ」
 「うん!」

 「「せーーーーーーーのっ!」」

 渾身の力を込めて、クヌギを下へ押した。
 キャノピーが勢いよく上がり、宇宙船がショートしたみたいに激しく火花を散らした。

 「...開いた...! はぁはぁ...」

 薄い煙に包まれたコクピットがゆっくりと露わになっていき、やがて中に座る人影が見えた。
 それを見て、僕は思わずどきりとした。
 宇宙服と呼ぶにはあまりにも薄い、スキューバーダイビングのスーツのようなものを纏い、その人は眠っていた。
 前髪もまとめて、高めに結い上げたポニーテール。形の整った眉の下で、長いまつげを携えた瞳が固く閉じられている。

 「女の子だ...」
 「まじかよ...」テッちゃんも驚きの声を漏らす。

 女の人だと言わなかったのは、その寝顔にまだあどけなさがあり、僕とそう変わらないように見えたからだった。

 「おい、なんか苦しそうじゃないか?」

 テッちゃんの声で、はっとした。
 よく見れば、彼女は、おでこに玉の汗が浮かべ、ハッハッと肩で息をしている。

 「ねぇ...大丈夫...ですか?」

 恐る恐る肩をぽんぽんと叩いてみると、女の子は「うぅ...」と小さく呻いた。

 「...水......」
 「水? 喉が渇いてるのかな」
 僕は、デイパックから水筒を取り出し、麦茶を注いだキャップを彼女の口元に差し出した。

 「ほら、麦茶だよ」

 けれど彼女は、自分から動く様子がなく、飲もうとしない。
 仕方なく頭の後ろに手を回し、支えながら口へ注いでやる。すると、女の子は、うっうっと小さく喉を鳴らして飲み始めた。同時に、手のひらに伝わる体温が異常に高いことに気づいた。

 「すごい熱...どうしよう、テッちゃん」
 「うーん...こういう時は、救急車か? あーダメだ、俺たちケータイ持ってないじゃん」
 「なんで中学生なのに持ってないの」
 「お前とくらいしか連絡取らないし。第一、トランシーバーで事足りてるだろ」
 「あー、もう」

 ここから市民病院までは、自転車を漕いでも30分はかかる。

 その時、頭のてっぺんに、ぽつりと水滴が落ちてきて、僕は思わず「ひゃあ」と間抜けな声をあげた。
 見上げると、いつの間か黒い雲が空を覆っている。雨粒が宇宙船の船体をトンテンカンと鳴らし、次第にその音を強めていく。

 「うわ、降ってきた。くっそ、こんな時に」

 キャップの麦茶を飲み干しても、女の子は相変わらず苦しそうに息をしている。

 「時間がありまセン」宇宙船の声が頭の中でこだまする。

 「テッちゃん、この子連れて行こうよ」
 「連れてくって、おま...家にか?」
 「ここに置いてったら死んじゃうよ。宇宙船は、きっとそれを伝えたかったんだ」

 やらなきゃ、身体がそう叫んでいるような感覚だった。
 僕がまっすぐテッちゃんの目を見つめていると、彼は少し間を置いてから目を伏せて、ボサボサ頭を掻いた。

 「わかったよ。たくっ。ただし! 俺たちの家に連れて行っても診れない。行くのは、ハイランドクリニックだ」
 「テッちゃん...ありがとう」

 2人で、女の子を宇宙船のコクピットから慎重に運び出した。
 まず僕がおんぶしようと試みた。けれど、彼女が一向にしがみつこうとしないので、歩くたびにずり落ちてしまった。
 「体力には俺も自信ないんだけど」と言いつつ、今度はテッちゃんがおんぶする。

 「ちょっと待って」
 「どうするんだ?」

 僕は、デイパックの肩紐を目一杯伸ばして、それを女の子をおぶったままのテッちゃんに背負わせ、胸の留め具をカチッと留めた。

 「おお」
 「これでいける?」
 「うん。さっきよりおんぶしやすい」

 振り向くと、宇宙船のヘッドライトがかすかに光ったように見えた。

 「行こう。テッちゃん」

 さっき滑り落ちた斜面を木の幹につかまりながら登り、僕らは送電鉄塔の足元をあとにした。

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