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【短編小説】A rolling stone gathers no moss 第2話「two」


(あらすじ)
36歳の崖っぷちボクサー井ノ坂いのさかは、休養のため訪れた故郷でスマホを落とす。
拾い主に電話が繋がり安堵する井ノ坂に、スマホの向こうの少年は、奇妙なことを語り始める──。

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 ポケットに入れていたはずのスマホ。一体いつどこで落としたのか。もしかすると公園のベンチに座った時だろうか。
 井ノ坂いのさかは、妻にスマホを借りて、再び公園に向かった。コールすれば、バイブレーションが鳴るはずだ。近くにあれば、きっと見つけられると思った。

 公園に着き、さっそく自分の番号に電話してみる。
 耳元で数回コール音が流れた。
 しかし辺りは静まり返っており、バイブレーションの音は聞こえない。
 まさか電源が落ちた? それとも他の場所で落としたのか。
 大粒の雪は、しんしんと降り続き、少しずつ地面や遊具を白く染めつつあった。

 『なんだこれ?』

 唐突に耳元で声がした。甲高い声だった。

 「あ、もしもし? 良かった。繋がった」

 誰かが拾ってくれたのか。井ノ坂は、安堵した。

 「すみません。それを落とした者です。今どこにいらっしゃいますか」

 井ノ坂は、スマホの向こう側の声に話しかけた。

 『......』 

 応答がない。電波が悪いのだろうか。
 いや、違う。耳元で、ガサゴソと物音がする。
 井ノ坂は、苛立って「もしもし? もしもしー?」と大きな声で呼びかけた。
 すると電話の声は『えっ、なんか声がする』と言ったようだった。

 『はい...?』

 今度は、はっきりと聞こえた。少年の声だ。

 「あ、もしもし? 聞こえます?」
 『うわ...何これ。トランシーバー?』

 iPhoneだよ。心の中でツッコミを入れる。

 『き、聞こえます...どうぞ』
 「いや、どうぞは要らない」

 井ノ坂は、思わず吹き出してしまった。

 「君、iPhone見たことないのか?」
 『あいふぉん? これのこと?』
 「そうだ。スマホだよ」
 『すまほ...?』

 井ノ坂は、思考する。
 おいおい。iPhoneはおろか、スマホすら知らないだと? どんなド田舎だ。いやいや、スマホを落としたのは俺の地元じゃないか。ちゃんとスマホは普及してる。親が文明の利器を毛嫌いしてるとか?
 あるいは、何者かに実社会から隔離されて生きてきた...?
 つい悪い想像がよぎった。

 「君、今どこにいるんだ?」

 必要とあれば、保護してやることも考えて言った。
 井ノ坂は、崖っぷちでも、プロボクサーだ。
 そこらの悪党に負けるほど、落ちぶれちゃいない。
 必要とあれば、この力を正義のために使い切ってもいい。
 いっそのこと、そうやって選手生命を終えるのもいいかもしれないと思った。
 井ノ坂は、負傷した右の拳を握りしめた。

 しかし少年は、あっけらかんとした調子で『公園だよ。水ノ宮みずのみや公園』と言った。

 「水ノ宮公園? 神社の裏の?」
 『うん。そこ』

 井ノ坂は、辺りを見渡した。
 公園はいつの間にか白く染まりきっていた。
 人の姿はおろか気配すら感じられない。
 完全にからかわれている。
 クソガキめ。

 「おいおい。大人をからかうもんじゃないぞ、少年。おじさんは、今その公園にいるんだ。誰もいないじゃないか」
 『う、嘘じゃないよ。本当にいるって。おじさん、場所間違ってるんじゃないの?』
 「そんなわけない。おじさんは、昔からこの公園に来てたんだ」
 『俺だって毎日のように来てるから間違うわけないね』

 あくまでしらばっくれるつもりか。
 苛立った井ノ坂は、雪にまみれた石ころを蹴り飛ばした。

 「一体何なんだ。どうしてこんなことをするんだ。お前は、誰だ」
 『おじさんこそ誰だよ』
 「俺は...」

 スマホを知らないくらいだ。
 多少、名が知れている自分であっても、きっと知らないだろう。
 そう思いつつ、子供にだけ名乗らせるのはいかがなものかと考えた井ノ坂は、堂々と名乗ることにした。

 「井ノ坂だ。井ノ坂龍一郎りゅういちろう

 すると少年は、少し黙った後、奇妙なことを言った。

 『どうして俺の名前がわかったの...?』

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