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中村哲也『ヤギと羊の王冠』によせて

いまから11年前の2011年6月に「バニー・フェローズ」という小冊子を企画しました。書籍扱いコミックスのFellows!17号は創刊からちょうど3年目で、当時は「単行本派」と呼ばれる読者が増えており、僕は編集長として、雑誌で漫画を読んでくれる人に最大限のサービスをしたいなと考えていたのです。そこで、本誌を買ったらおまけで小冊子がついてくる、それもテーマを限定した魅力的な企画が。ということで、眼鏡フェローズやらメイドフェローズやらを作ってきたのですが、森薫さんがそろそろバニーガールを思う存分描きたい、というので、バニー・フェローズが生まれたのです。

バニーガールと言えば中村哲也。中村さんは、当時はテックジャイアンでときどき漫画を発表していて、エンターブレインのマジキューコミックスからも単行本を出している漫画家さんでしたが、Web上では連日、すばらしいバニーガールのイラストを発表し続けていたのです。というわけで、社内の中村担当から連絡先をうかがって、バニー・フェローズを作るのですが寄稿していただけませんか? とお願いしました所、即応「描きましょう」。以後、10年以上組むことになる中村哲也さんとの二人三脚が始まることになりました。

当時、中村さんは他誌で連載の企画を進めていたため、僕は1年、待ちました。どうですか、そろそろウチで描きませんか。1年、声をかけ続けて、ようやくそれならばFellows!誌に作品を出しましょう、とおっしゃってくださいまして、最初に始めたのが「坂」シリーズでした。コミックス2冊分連載を続けた『魔街の坂』と、その同時期に発表された作品集『バニー坂』にすべての原稿は収録されています。坂道を題材に、あれこれ漫画を描くという奇想シリーズが商売的に成功したのち、それならば、第2シリーズはなにをやろうか、と言うことになって、中村哲也さんが

「民族衣装(ディアンドル)が描きたい」

と言うのですよ。なんですか? ディアンドルって。すると中村さんはドイツに飛び、ビアフェスに参加してバシバシと写真を撮ってきて、ほら、大場さん、これがディアンドル。ドイツの民族衣装です。日本の民族衣装は和服でしょ、ドイツはディアンドルですよ、と言って、たくさんの写真を見せてくださいました。「ビールってのはおもしろくて、水と麦、あとホップ、この3つだけで作られているんですよ」。炭酸は? 「ジュースのように炭酸を混ぜたりしません、あれは発酵の過程で生まれるんです」。
民族衣装、ディアンドルが描きたい中村哲也さん、そしてビールについても愛を深く持ち、どちらも漫画にしたらおもしろそう。それならば、中村さん、昔発表した『ぽすから』とか『ドラゴンステーキ』のラブいヤツを描いて欲しいです、ビールと民族衣装、そしてラブ。これで連載をやりましょうよ。そんなきっかけでシリーズ第2作『ネコと鴎の王冠(クローネ)』を筆頭とする『王冠(クローネ)』シリーズが始まったのです。


▼ 第1作『ネコと鴎の王冠』

第1作めの『ネコと鴎の王冠』、主人公はダッハカンマー醸造所で働く辺見玖郎(クロウ・ヘンミ)で、醸造所で働くアンナ・ヴィンターとは幼なじみの関係にあります。玖郎はアンナが好きで、アンナは玖郎が好き。ふたりはお互いを意識しながらも、自分たちのビール道をゆっくりと進んでいく。全272ページの分厚い物語です。


▼ 第2作『キツネと熊の王冠』

2作めの主人公は女性、すでにマイスター(ビール職人)となって自分の店を持つ天才肌のマヤ。彼女は店の共同経営者であるニルスに片想いしているのですが、思いを伝える勇気が出ず、いつもひとりで悩んでいました。恋を伝えるために、自分にはなにができるのだろうか……。自分のお店を軌道に乗せようと奮起しつつ、恋だってかなえたいが不器用。そんな揺れめくラブストーリー。


▼ そして! 第3作『ヤギと羊の王冠』

第3作めはダブル主人公。ひとつの町に、お互いを憎み合うふたつの醸造所がありました。テオはローゼンタール醸造所の跡取り息子。ソーニャはローゼンベルク醸造所の娘です。しかし、偶然の出会いによってふたりは恋に落ちてしまいました。愛し合うふたりを引き裂く町の人たち。過去の『王冠』シリーズに登場してきた主人公たちも力を貸して、ふたりの愛は結ばれることになるのか?


柔らかさ……中村哲也の魅力

登場人物は女性であってもネコであっても、漫画業界でもっとも柔らかなペンタッチを持つ中村さんの筆力は、優しく、豊かに、おどるように描き上げられていきます。どのページを開いてもにっこり、ほっこりとした登場人物たちが読者を迎え、読んでいるうちに理想的な世界の住人になりたいと錯覚してしまうほどです。ハッ、いけないいけない、こんな世界は漫画のなかだけだ。けれども……ホワーン、いいなあ、こういう人たちに囲まれてビール飲んで暮らしたいなあ。もう夕方の会議とか出たくないなあ……。

流れるようなペンタッチで全ページ描かれる漫画が美しい。

断言……中村哲也のトップシーン

ほわわーん、とした柔らかい物語のなかで、ここいちばん! 力強く「断言」されるところが気持ちいい。

フルネームで強い決心

「僕は君を! テオドール・ローゼンを自由にする! ダニエル・クリューガーはそのために来たんだ」
奮えるほど良い場面ですね。これが1冊にだいたい4回くらい。読んでいてとても気持ちがいいです。

寄り添ってくれる恋人……中村哲也の描写

見てる

最愛のソーニャが、いつも俺のとなりに寄り添ってくれる……。何気ない場面でもいつも自分のことを気にかけてくれる。しかも、それを絵でやってくれるんですよ。最高。中村最高。

表情……中村哲也は絵が上手い

眉、鼻、頬、すべての描線が美しく、つらい気持ちを伝えてくれる。上手い。髪の毛の影まで美しいです。


というわけで、連載担当編集者より、本日発売の新刊『ヤギと羊の王冠』(クローネ)にまつわるあれこれを書き連ねてみました。ぜひ、読んでみてください!

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