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「透明な本」のための7年間

はじまりは2006年頃だったと思います。

当時は時間さえあれば村上春樹さんの小説を読んでいて、たしかそのときは「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を読んでました。

ごはんを食べているときでも読みたいくらい毎日、本の世界に浸っていました。

食べながらなので、当然両手が使えない状況です。

そこで当時は、携帯電話と財布などを使って強引に本の両側を押さえていたんですが、これが使いづらくて。

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パタンパタン閉じてしまう上に、せっかくの小説世界の中に、生活感あふれる「自分の財布と携帯」が入り込んでくる感じがとても気になったんです。

当時の村上春樹さんの文体って独特で、ストーリー云々よりも文章にひたる事が気持ち良かったんですが、携帯と財布が邪魔でどうにも浸りきれない。

これを解決するプロダクトが作りたいと思ったのがきっかけでした。あくまで自分のための、必要に迫られて作ったアイテムだったんです。



透明な本へと至るプロセス


最初はもちろん両側にクリップ型のオモリをつけてはどうかだとか、書見台のようなものを作ってしまえば、などと考えていました。

でも道具っぽさがあまりにもありすぎると小説の世界観をこわさないという目的が果たせない。

そうして考えたのは「重たい透明な板を上に乗せてしまえば開いたままにできる上に、世界観も壊さずに済むのでは?」というアイデアでした。

 実際に透明な板を本の上に乗せると、まあ開くには開くんです。でもこのままだとシーソーのように動いてしまってなかなか使うのが難しい。その上、ただの重い分厚い板が部屋にあっても、なんとも居心地が悪い。

そのうちに、板の真ん中に突起部を設けて、本の中央部のくぼみに入れ込むことで固定ができるのでは?

それならばいっそ、開いた本の形にしてしまえばいいんじゃないか?という発想に至りました。

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(当時のメモ)

すぐに手元にあった新書サイズの本を開いて、そのままの形状をトレースして3Dプリンターという機械で最初の試作をつくりました。

3Dプリンターは、積層造形法という縄文式土器のように一層ずつ樹脂を積んでいく方法になるので、そのままだと階段状のガタガタができて透明感が全くない。

そのため造形した後に2日間ひたすら紙ヤスリで研磨するという苦行が必要になるのですが、なんとかガタガタをなくし、透明な状態を確保することができました。

そして本の上に乗せてみたら見事、本を開いたままにすることができたんです。

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初期の試作
実は、自信満々でデザインコンペに応募したのだが、橋にも棒にもかからず落選した。




はじめての「普通に欲しい」という反応


 それから個人的に何気なく使っていたところ、友人や両親などからごく普通に「使ってみたい、欲しい」と言われはじめました。

学生時代に課題でたくさんのプロダクトを作りましたし、当時インハウスのデザイナー2年目でICレコーダーなどのデザインも担当してましたが、何も説明することなく、ごく自然に「欲しい」と言ってもらえたのは実は初めての事で、とても嬉しかった事を覚えています。

そんな反応を得てしまった興奮から、まずは手作りでも良いので量産して、欲しい人に買ってもらう事はできないかと考え始めました。

その頃インハウスのデザイナーとして仕事する中で、モノづくりの全体像が把握できずになにかモヤモヤした気持ちを抱えていたのですが、自分で考えたモノを自分で作って、それがお客さんの手に直に届くというプロセスを体験すれば、モヤモヤした気持ちが少しでもスッキリするのではないかと考えたんです。

ただ、3Dプリンターで出力して、2日間もかけて研磨するという、お金も手間もかかる方法を何度も行うわけにはいかず、思いはすぐにたち消えてしまいました。

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手作り量産の実現と現実


それから2年経過した2008年、たまたま就職関係の相談で青木のもとに訪れてくれたのが野口大輔さん(以下ノッチさん)でした。

ノッチさんは青木の学校の後輩なのですが、当時スズキスポーツというレーシングカーのメーカーで自分でデザインしたものを、自らの手で製造まで行っていたんです。

そんなノッチさんに「BOOK on BOOKを手作りで量産できないかな」と聞いたところ、シリコン型を作成し、エポキシ樹脂で成形することで実現可能なのではないかと提案があり、すぐに検討することになりました。

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ノッチさん
TENT青木の学生時代の後輩だが、現在はデザインだけでなく生産管理まで見る事ができる、頼りがいのあるプロダクトデザイナー。登山が大好き。
株式会社COMULA代表。


何度も何度も型を作り直しては、樹脂の流れの良い型の形状について検討を繰り返し、エポキシ樹脂自体に発生する細かな泡の脱泡方法についても、野菜を新鮮に保つための手動ポンプの道具をカスタマイズして試したり。

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様々な工夫を行い、その結果なんとかそれらしいものができるようになりました。しかし、シリコン型なので表面は少し曇った感じになってしまうため、1つに4時間ほどかけての磨き行程を経なければ透明にはできませんでした。

しかも成形自体が大変難しく、樹脂の混合ミスや温度が低すぎたりなどのちょっとしたことで、全体が泡だらけになったり、ドロドロのまま固まってしまったり等の失敗作が量産される悲しい状況も発生します。

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数え切れないほどの失敗作
エポキシ樹脂は、A液とB液を良くかき混ぜてからドロドロの液体を型に流し込み、24時間ほど放置しておく固まる。樹脂は液体から個体に変わる際に容積が減る特性があるので、まずは多めの樹脂を注ぎこむ必要がある。

型の中身は開けてみるまで全く見る事ができないため、泡が入っていないか、分量が適正かなどの判断は、次の日にならないとわからない。かけた時間が多い分、失敗の際の失望はとても大きい。

さらに成形に1日ほど時間が必要なので、失敗したか成功したかは次の日に型を開けてみないとわかりません。

ともあれ、10個はつくることができたので、まずは採算度外視で8400円という価格を設定し、友人知人相手のみの販売を開始しました。

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そうして10個の販売が完了した頃。確かに、当時憧れていた「作ったものを直に売る」という体験はできたのですが、このままではひたすらに自分とノッチさんが疲れるばかりで、これ以上進めても仕方が無いような状態に陥ってしまったのです。

ここでまた、BOOK on BOOKの手作り量産が幕を閉じました。

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諦めきれずに工場を探す4年間


それから4年間。インハウスデザイナーとして付き合いのあったモックメーカーさんや知っている限りのアクリル工場さん、プラスチック工場さん、ガラス工場さん、ガラス作家さんなど、様々な方に見積もりを依頼しては磨き行程があまりにも大変なため、工場出荷価格として一個数万円かかるという回答をうけて落ち込む日々が続きました。

そうこうしているうちに青木はインハウスのデザイナーという立場を離れTENTを結成。オリジナルプロダクトを展示会に出品するなどの活動を始めました。


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ガラス作家さんによる試作
見積もりを出すにあたり、試作を制作したくださる方もいらっしゃいました。写真はガラスバージョンの BOOK on BOOK。重さも質感も非常に良いのですが、とんでもなく手間がかかるため、価格が膨大なものになってしまいました。


天野さんとの出会い


2012年。突然TENTに「アクリルで一緒に何かしませんか?」という、一通の営業メールが届きます。それは静岡のVathtelというブランドを立ち上げたばかりの天野さんという方からのメールでした。

突然売り込みにきた天野さんに対して「どうせできないだろうけど」とダメ元で手作りのBOOK on BOOKを渡し「もしできるなら見積もりお願いします」と頼んだ所、なんと1週間後にかなり精度の高いモノが上がってきたのです。

驚きのあまり「どうしてできたんですか?これまで絶対できなかったのに!」と聞いた所「行程の順序や治具の設定方法の工夫で制作することができた」と天野さん。

その結果、今まで数万円かかっていたコストもかなり現実的な金額になりました。

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天野 久輝さん
突然やってきた営業マンかと思っていたら、実際にはかなりの経験がある職人さんでした。物腰が柔らかな相談しやすい人ですが、どんな無理難題にも知恵を注いで解決を試みるガッツがあります。現在は独立されて、ZEROMISSION(ゼロミッション)というアクリル樹脂素材をメインとした加工会社を経営されています。

とはいっても当時は、いきなり営業に来た見知らぬメーカー。疑心暗鬼だった我々TENTは発注の前に静岡の工場まで出向きました。

作業工程を全て確認した上で、その高い技術力と職人的なプライドのあるモノづくりに敬服し、発注を決意しました。

後ほど分かった事ですが、実は天野さんは、日本のアクリル業界で最も有名な某メーカーで修行をした方で、伝説的なデザイナーズチェアや水族館の水槽作りなどアクリル加工の技術に関してはかなりの経験を持った方だということがわかりました。

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「見積もり依頼をされたら徹底的に検討するのがあたりまえ。すぐ”できません”と言うなんて僕たちにはありえません」と天野さんは胸をはって言います。


天野さんのInstagram
発売から7年経過した今でも
天野さんが1つ1つ丁寧に制作しています



 7年の紆余曲折を経て完成したBOOK on BOOK。ぜひ手に取ってそのクオリティーを確認してもらえると嬉しいです。

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この記事は2013年に書いたものを微修正して掲載したものです。

BOOK on BOOK は発売開始からちょうど7年が経過した2020年の現在でも、本当に沢山の方にご購入、ご愛用いただけていますが

実は、デザインコンペに落選し、メーカーへの売り込みでもお断りされ続けた結果、自らの手で販売するという道に至った製品でもあります。

時間はかかったものの、自ら道を切り開いたことで、できないことを実現する工夫の仕方を学べただけでなく、使った人の反応をダイレクトに感じることもでき。結果的には、この方法で本当に良かったと実感しています。




今回のエピソードが、今まさに何かを作っている方への後押しになれば嬉しいです。




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