見出し画像

羊と鋼の森/宮下奈都 読書記録#28

 まず、タイトルに惹かれました。この小説はピアノ調律師が主人公のお話です。「羊と鋼の森」とは、つまりは「ピアノ」のことでした。
 「羊」はピアノの弦を叩くハンマーの素材であるフェルトを指し、「鋼」はそのハンマーに叩かれて音色を鳴らす弦のことです。それらが組み合わさることで生まれるピアノの音色は、主人公にとって「森」と同義のものでした。
 主人公(「外村くん」)が初めてピアノ調律の現場を目撃する冒頭のシーンは、彼に「森」の心象風景を呼び起こさせます。山育ちの外村くんは、小さいころから森に親しみ、ひとり森の中を歩くことを好んでいました。そしてこの出会いを機に、今度は「ピアノという森」に深く分け入っていくこととなるのです。

 三人の調律師の先輩たちに影響を受け、仕事先で出会った双子のピアノ演奏に触発され、さまざまな人やさまざまなピアノと出会いながら、ひたむきに誠実に成長していく主人公。
 少し抜けていたりぼんやりしているところもあるけれど、そんな外村くんの人物像は魅力的だと感じました。
 ピアノという森を通じて、「美しいもの」へと至ろうとする。そんな繊細さと感受性の豊かさを、彼は持っています。

 静謐であり、それでいて充実感のある、不思議な味わいを持った成長物語です。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?