お客様は神様じゃなかった話

あれは数年前に友人の家で朝までお酒を飲み、朝方に友人宅の駅に程近いお店で、牛丼を食べていた時の話です。

時間も時間だったので、客は僕たちだけで、店員さんも若いお姉さんがいわゆるワンオペをしていました。お姉さんはperfumeのかしゆかさんに似た、細くてきれいな方でした。

そこに、ジャマイカの国旗を背負って、頭にバンダナを巻き、派手な洋服を身を纏った中年の男性が入店してきました。

もちろん、これはジャマイカの牛丼店の話ではなく早朝5時の江戸川区での出来事で、これがオリンピック期間中であれば熱烈なジャマイカサポーターということで片付けられたのですが、国旗を背負うという個性的なファッションセンスに緊張感と恐怖心、そして多少のワクワクを感じながらも、決して目を合わせないように、様子を伺いながらも牛丼を食べていました。

これは僕の想像の域を超えないのですが、ジャマイカの国旗を背負い、服装や年代から鑑みても、彼はジャマイカのレゲエの神様、ボブ・マーリーを意識しているのだと察しました。

お姉さんが水を片手に注文を取りに行くと、ボブは出された水を飲みながら「これはガンジス川の水?」と軽口を叩きながら「牛丼汁だく」と言い「チョモランマ盛りで!」と付け足しました。
注文の仕方をみて、ボブが悪質なクレーマーの類や全く話の通じない人種ではないことが確認でき、少し安堵することができました。

ただ、ガンジス川はインドだし、チョモランマはネパールだし、ジャマイカ国旗とは辻褄は合わないな、とも思いました。

「チョモランマ」発言を受け、店員のお姉さんは戸惑い、苦笑いをしながらも、バックヤードに戻り、調理に入ったようでした。

その時、ボブが2度叫びました。
「アンデスの水くださいっ」「アンデスの水くださいっ」
アンデスということはアンデス山脈のことを言っているのでしょうか。
今度は南米です。この一貫性の無さから、私の立てた仮説は儚くも崩れました。ボブはジャマイカやボブ・マーリーに憧れていたのではなく、知っている海外の地名を垂れ流しているだけに過ぎない、ただの海外かぶれだったのです。

「やっぱり迷惑な人だな」と思っていると、

バックヤードからワンオペお姉さん鬼気迫る表情で出てきました。
お姉さんはボブに「はい?」と聞き返しました。

ボブはもう一度
「アンデスの水ください」
と言いました。

そうすると、お姉さんは先ほどより大きな声で
「はい?」
と聞き返しました。

するとボブは少し圧倒されながらも
「アンデスの水ください…」
呟きました。

お姉さんは、
「は?」
とはっきりドスの効いた声で訊ねました。

ボブはついに
「水ください」
と観念したように小さな声でいいました。

お姉さんが無言で運んできてくれた普通の水とチョモランマ盛りの牛丼を静かに食べているボブをみて、お姉さんの勇気ある接客と大勝利を祝福すると共に、早朝に牛丼屋さんで働くことの大変さを感じました。

世の中には本当に様々な人がいて、飲食店で働くとその理解は飛躍的に高まります。
私も学生時代、アルバイトをしていて、態度の大きくてお客様は神様だ思っている人種の多さにびっくりし、絶対にこうはなるもんか、と心に誓いました。

今回のボブみたいなケースは特殊で、お客様がレゲエの神様っぽかった話ですが、いくら神様でも飲食店では常識的な行動をしてほしいな、と思いました。

そしてやはり、お客様は神様だと思う考え方や行動はダサいな、と感じました。

久しぶりに、その牛丼チェーン店でご飯を食べ、ボブの事を思い出したのでnoteに書きました。

今日は、牛丼屋で出会ったボブを悼みつつ、普段あまり聞くことのない、本家、ボブ・マーリーのレゲエを聴いて、神様の世界を感じたいと思います。

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