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付着.40 理科室とモヤシ痛め。

今回は「り」だ。

中学の頃、理科室は特別な部屋だった。少し怖くて、少しわくわくして。

隣の準備室には人体模型やホルマリン漬けの何かがあったり、薄暗い部屋の棚には怪しい物が沢山詰まっている。魔女の部屋みたいだった。

実験の時使っていた、火がこぼれても燃え広がらないテーブルが欲しかったのを覚えている。

大人の理科室は、キッチンだと思う。

というわけで今日のテーマは「料理」である。

最近は本当に便利になって、調理器具もさることながらレシピの多さや簡単調理の動画など、料理が苦手な人でもパッと作れてしまうような情報がすぐ手にはいる。

食材を用意して、書かれている通りに調理すれば、それなりのものが食べれるのだ。

10年前はそうじゃなかった。スマートフォンが無かった時代。一人暮らしの男はレシピの本を買うこともなく、調べようもない調理方法に苦戦したと思う。自分もその一人だ。

カップラーメンや手頃な外食で食事を済ませていたためキッチンに立つことは稀だったが、貧乏生活のなかどうしても自炊が必要となる時期に襲われる。これは、恐怖でしかなかった。

自作の料理で一番忘れられないメニューが「モヤシ炒め」である。いや、俺の作ったものの場合「モヤシ痛め」が正しいのではないだろうか。

値段の安いモヤシを買ってきて炒めるだけの簡単料理すら、俺には実験と変わらなかった。好きだったラーメン屋のモヤシ炒めの味を思い出しながら、モヤシを痛めつけていたのだ。

まず、醤油ベースなのは間違いないと踏んだ。後、中華と言えば油である。

まだ温まってもいない油の中へ、袋から出したモヤシを放り込み箸で混ぜたり、できもしないのに少しジャンプさせようとしてみたり。

あの空中に浮かせるのは一体なんの意味があるのだろうか。モヤシがこぼれて勿体なかっただけである。

思っていたよりもシナシナになったモヤシに、お次は味付けだ。思い描いているモヤシ炒めは、食べた後少しスープみたいなものが残っていた。醤油は多めか??

3回し程醤油を入れて、また箸でかき混ぜる。この時点で長所となるパリパリ食感を奪われたモヤシ達がクタクタの姿になり、悲鳴をあげていた。

味見する。

あれ?醤油、結構入れたのに味があまりしない。そうか!塩胡椒が入ってるのでは!?確か胡椒は目視できていた気がする。

急いで塩と胡椒を取り出し、塩をつまみ、胡椒を振りかけた。

なるほど。ひとつまみで、味はこのくらいの変化か。10段階評価で、2だった味が約4になった気がする。=目指している味に必要な塩は後3つまみということになった。

過程で味見せず、感覚だけで3度塩を放り込む。少しの間火にかけて箸で回していると、モヤシ達はもうドロドロになりかけていた。

あー、広東麺とか餡掛けのモヤシってこうやって作るんだなぁなんて考えながら、一口味見する。

おったまげた。

4から10になっている筈の塩加減が、4から20になっている。意味がわからん。

急いで味を薄くしようと水を足す。モヤシ達はもう息をしていない様子だった。

水を足してもあまり変化のない味に途方にくれたが、ご飯のオカズにはなるのではないか。仕方なくモヤシ痛めを皿に移した。

ご飯を盛り付け、瀕死状態のモヤシ達を口へと運ぶ。

危うくこっちが瀕死になりそうだった。

咳き込む程の塩辛さ、ネチョッとした食感。最悪である。米ではなく、すぐ水を飲んだ。

しかし、極貧生活である。せっかくの食材を棄てるなど神をも恐れぬ行為だ。しばらくモヤシ痛めを見つめ、覚悟を決めた。モヤシ1に対してライス10。これで行こう。

なぜ飯を食べるだけでこれほどの覚悟がいるのか。そんなことを考えながら数口、格闘を続けてみた。

ノックアウトである。

瀕死状態で怒り狂ったモヤシ達に、俺の舌の細胞が滅多刺しだ。

彼らをそっと、キッチンのごみ袋へと埋葬してあげることにした。

自分で作ったものを食べきれずに棄てたのは、これが最初で最後だと思う。いつもギリギリ食べれてはいたのだ。

しかも、負けた相手がモヤシ炒めだったなんて信じられなかった。

誰でも倒せるお手軽なスライムがモヤシじゃなかったのか。

あまりのショックから、1年ほど自炊をしなくなった。

男の料理とは、実験なのだ。今ではレシピを見ながら作れているが、あの頃のような感情の動きを味わうことは2度とないだろう。不味さに落ち込んだり、思いのほか美味しく出来て自分が天才かと思えるような瞬間。これがないのは少し寂しくもある。

今もキッチンに立つと、理科室に居るような感覚が心地よい。レシピを見ながらではあるが、パイナップルを初めて捌いたときの高揚感はすごかった。

皆さんはどうやって料理を作っているのだろうか。流れ作業でパッと作るのもいいが、たまには実験のような気持でワクワクしてみるのもいいものである。

まぁ、こんなこと言うのは基本ができてから。なんでしょうけども。

明日も美味しいご飯が食べれるといいですね。

決して食材を痛めず。ちゃんと炒めてくださいね。

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