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夜明の街(掌編小説)

 体を起こしてみると、まだ外はほの暗かった。体がズキズキ痛む。コンタクトを付けた。視界が明瞭になる。
 
 足取りは昨日よりも遅かった。私は気付かぬうちに、家から飛び出していた。東雲色は街の街灯を明るくしていた。東雲色は私の耳に冷たさを与えた。口を覆う-私と全てを遮断する-マスクが鬱陶しかった。外そうかと思った。周りを見渡した。誰もいなかった。私はちょっと不良になってみた。ありのままである。元来人は不良なのだ。誰しもがちょっぴり、悪さという行為をするのだ。そう言い聞かせて、新しい空気を体一杯に溜め込んだ。東雲色は私の頬に冷たさを与えた。
 
 ふっと頭に、書きかけの数式が浮かんだ。昨日の夜のことを思い出す。いずれ来る決戦の時がまじまじと私の脳裏で暴れ回った。それは心地良い程に冷え切った私の頬に温さを与えた。気味が悪かった。
 
 ほの暗さはいつしか私の目を小さくさせるように輝きを取り戻していった。
 朝が、来る。
私は東に浮かぶ太陽を睨みつけた。けれどもそれの美しいこと。私は。不良の私は、その朝の事実と美しさを、すんなり受け入れたのだった。東雲色で冷たくなった私の眼は、先程とは違った眼で、もう一度太陽を睨みつけた。やさしく、やさしく。
 
 私は夜明の街を歩いた。遠い惑星を歩いている様だった。夜明の街は、私に現実という悪夢を決して忘れさせてはくれなかった。しかし私には、それが嬉しく思えた。現実となって来る事実が、私の生きる使命なのではないかと思ったのだ。
 不良の私は、夜明の街を歩く。朝も、来る。燦然とした私の決心の眼は、何処までも遠くを見ていた。

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