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仙華幻録 第三話 恋愛の神仙・月老

■月都の市街地
愛華「わあ!」
凛霄「ここはゆえとぅ。月老を崇める都だ」
愛華「月老様はどんな方なんですか?」
凛霄「恋愛に関する神仙だ。年に一度だけ民の前に姿を現し安寧を願うという」
愛華「会えるんですか!?」
凛霄「分からん。とりあえず社へ行こう。なにか知ってる奴がいるかもしれない」
愛華「はい」

凛霄は迷うことなく歩いていく。

愛華(来たことあるのかしら。でもあそこから出たことないって言ってたし……)

愛華は凛霄をちらりと盗み見る

愛華(本で読んだのかな。たくさんあったし)

凛霄「どうかしたか」
愛華「いいえ。社ってどんなかなと」
凛霄「普通の神社だ。ほらあれだ」

凛霄は先を指差す。そこには朱塗りの神社が建っている。

凛霄「入る手続きを」
月老「あら~! 可愛い子見~っけ♥」
凛霄「うわっ!」

月老がどこからともなく現れ凛霄に抱き着いた。

月老「不思議な気配がすると思って来てみれば。あらあらあらあらあら]
凛霄「放せ! なんだお前は!」
月老「あら酷い。あたしに会いに来たんじゃないの?」
凛霄「は?」

愛華(会いに来たって……)

周囲の人々がざわつき始め、数名は膝を付き祈りを捧げている。

愛華「……まさか、月老様?」
月老「せいか~い! 恋愛ならあたしにお任せよ♥」
愛華「この方が……」

愛華は凛霄に迫る月老を見つめる。
月老は女性物の服を着ていて化粧もしている。

愛華(女性、じゃないわよね。どう見ても男性。てことは……)

凛霄「なんで神仙が女装してるんだ!」
月老「え~。だって恋愛相談って異性にはしにくくな~い? ねえそこのお花ちゃん」
愛華「お花ちゃん?」

月老はにやにやと笑っている。

愛華「まさか! 私のことをご存知なんですか!?」
月老「知ってるっていうか気配がね。なんかほら、花っぽいでしょ?」

月老は凛霄を向く。

凛霄「俺に聞くな」
愛華「私、普通の人間に戻りたいんです! どうしたらいいんでしょう!」
月老「その前に場所を変えましょう。すんごい目立ってるから」

周囲を見るとどんどん人が集まってくるけれど、月老は彼等に見向きもしない。

愛華(月老様とお話させてあげたほうが良いのかしら)

愛華は一歩下がろうとするが、凛霄に止められる。

凛霄「よせ。神仙は人と関わらない」
愛華「え?」
凛霄「人間と神仙の交流は禁忌。理由は知ってるだろう」
愛華「神仙が関わったせいで人災が起きたっていうあれですか? でも伝承ですよね」
凛霄「歴史上の事実だ。いいから行くぞ」
愛華「きゃっ!」

凛霄は愛華の肩を抱き寄せ月老に付いて歩いていく。

愛華(か、肩……)

愛華は顔を赤くするが凛霄は気にせず歩き続ける。
月老がそれを見てにやりと笑みを浮かべる。

月老「その恋かなえてあげましょうか」
愛華「へ!?」

月老に囁かれ、愛華は驚き飛び上がる。

月老「いいわ~。色恋に無縁だった子の恋を実らせるのが一番好きなのよ~」
愛華「違います! たまたまお世話になってるだけで!」
月老「恋はある日突然はじまるものよ♥」

月老が愛華の首飾りを握ると、月老の手がぽうっと淡い桃色の光に包まれる。

月老「はいどうぞ~」
愛華「え? あの、なんでしょう」
月老「お守りよ、お守り。神仙が唯一人間にできることね」
愛華「神仙の力を分け与えるということですか? それは禁忌ではないのですか」
月老「程度問題よ。本人の意思を無視して両想いにさせることはできるわ。でもそれって人生変わっちゃうじゃない? それは禁忌なのよ。ほら、権力者が色恋に溺れて言いなりになって国傾いたりとかさぁ~」
愛華「はあ。ではお守りは駄目なのでは?」
月老「それは特定の個人に作用するものじゃないわ。恋愛に前向きな気分になれるってだけ。例えばあなたが彼への想いを認めるとかね♥」
愛華「だ、だから違いますってば」

■月都・月老を祀る神社内の一室
月老「んで、なんだっけ。二人の恋を実らせたいんだっけ?」
愛華「ではなくてですね……」
凛霄「いい加減にしろ。俺たちは太上老君の居場所を聞きに来ただけだ」
月老「へえ? あの偏屈爺の? なんで?」
凛霄「彼女を元に戻すためだ。愛華、見せてやれ」
愛華「はい」

愛華(どうせなら糖食になるものがいいかな。果酱とか。なら杏にでもしよう)※「果酱」はジャムのこと

愛華は手を組み祈る。すると髪に杏の花が咲き、ころころと杏の実も落ちてくる。

月老「ほ~お?」
愛華「花守という人になにかの種をもらってからこうなったんです。治せないでしょうか」

月老は真剣な顔で悩む。
少し黙り込んで、これまでのふざけた様子とは打って変わって真面目な様子。

月老「あんた親は?」
愛華「いません。捨て子だったようで」
月老「そうだろうね。あんた人間じゃないから」
愛華「……は?」
月老「あらゆる植物を操り生み出す神仙がいるわ」

月老は立ち上がり、室内に飾ってある花瓶に挿してある桃の花をちょんっと突く。

月老「花を司る仙、花仙子(はなせんし)。あなたの花はその力ね」

愛華はぽかんとする。

愛華「花守さんの種が、私に花仙子の力を与えたということですか?」
月老「違うってぇ。花守はあんたを目覚めさせるきっかけを与えただけよ。あんたは元から花仙子なの」

月老は愛華の生み出した杏を拾う。

月老「前に禁忌を犯して人間と子を設けた花仙子がいたわ。最期は罪人として消されたけど、その子と花仙子の守り人が姿を消したのよ。今も見つかっていない」

月老「あなたは禁忌の子。花仙子と人間の間に生まれたこの世の禁忌よ」

愛華はぽかんとしている。
凛霄は呆然とする愛華の手をぐいと引っ張り背に庇う。

凛霄「そういう奴がいたということだろう。彼女がそれである証拠はない」
月老「ないわね。けど神仙の力を人間が身につけることはできないわ。体質みたいなもんだからね。ついでに言うと、花仙子と人間が子を成した事例はその一度だけよ」
愛華「私が……禁忌の子……」
凛霄「落ち着け。証拠はないんだ。それにだからどうということはない」

凛霄はぎろりと月老を睨み付ける。

凛霄「俺達が知りたいのは彼女の生い立ちじゃない。彼女の力を消せるかどうかだ」
月老「いやいや。知らなきゃこれからどうするか決められないでしょうが」
凛霄「それを決めるのは彼女であってあなたじゃない。それで、消せるのか?」

月老はため息を吐く。

月老「私にゃ無理だね。というか誰もできやしないよ。自分の血液全部入れ替えることできるかい? 体内で作られる血液の成分を変えられるかい?」
愛華「いいえ……」
月老「そういうこった。それに人間と関わる神仙なんていないよ。あたし程度でも特殊例さ」
愛華「そう……ですか……」

愛華はがっくりと肩を落とすが、凛霄は引かずに一歩月老へにじり寄る。

凛霄「あんたが知らないだけかもしれないだろう。知っていることがこの世の全てではない」
月老「ああそうかい。じゃあ聞くんじゃないよ」
凛霄「聞いてないことを勝手に答えたんだろう。俺達が聞きたいのはあんたが治せるのかどうかだ」
月老「無理だね」
凛霄「分かった。じゃあ太上老君の居場所を知ってるか?」
月老「知らん」
凛霄「探せるか?」
月老「お花ちゃんは会ったこともない親の居所を探せと言われて探せるかい?」
愛華「いいえ。顔も名前も知らないし」
月老「そういうこったな。無理だよ。諦めな」

愛華はまた俯くが、凛霄がよしよしと頭を撫でてくれる。
愛華が顔を上げると、凛霄はにこりと微笑む。

凛霄「今わかったのは月老が役立たずということだけだ。太上老君は俺たちで探せばいい」
愛華「凛霄さん……」
月老「神仙を馬鹿にするとは良い度胸じゃないか。痛い目みるよ」
凛霄「あんたの分野は恋愛だろう? 俺は独り身だしこいつは俺を想っているわけじゃない。無意味だな」
月老「あんた可愛いの顔だけねえ! もーちょい敬いなさいよ!」
凛霄「敬う要素がない奴に敬意は払えん。愛華、行くぞ」
愛華「え、あ、はい。月老様。お騒がせして申し訳ございませんでした。ご忠告は胸に刻み過ごしてまいります」
月老「いいねえ。礼儀正しい子は好きだよ。なあ、凛霄」
凛霄「愛華。これは糖食になるのか」
月老「おいこら。人の話を聞け」

(第三話 終わり)

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