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駄文作文:  『名誉ある僕の死について』⑥

翌朝、あの日のように外に出た。
今度は11時くらいだったので、カフェの店内もまばらに人がいる。ベビーカーを連れた女性はあの日と同じ人だ。
今度は胃にやさしいカフェオレが飲みたくなって、いつかのテラス席から店員を呼ぶ。
バイトは、女子学生からパートらしき中年女性に変わっていた。

「しばらくお待ちください。」メニューを下げてもらい、改めて店内を見渡す。と、今日はベビーカーの中が見えた。
ベビーカーには、赤ちゃんではなく利口そうな犬が座っており、飼い主を黒い瞳で見つめていた。

僕はとても驚いた。
周りに人がいなくてよかった。思わず独り言が漏れそうだ。
よく見ると、あの重い扉には、「Dog O.K.」のシールが貼ってある。このカフェが犬も来れるところだなんて、全然知らなかった。駅に行く時、毎日扉の前を通るのに。

よくよく観察してみると、例の布張りのソファに仲良く腰掛けている熟年夫婦の片割れは、あの時窓際で本を読んでいた初老の男性だった。
グレーヘアになっていて印象が全然違う。しかもそれだけじゃない。二人で過ごすその姿は、とても幸せそうで、笑顔に満ちていて、まるで別人のようだった。

店員がカフェオレを持ってくる。今日はテラスに柔らかい木漏れ日が入っていて暖かかったので、その手にストーブは無い。
でも、女性は何かを持っていた。「おまけです。」言ってソーサーに添えてくれたのは、包みに入った外国産のチョコだった。

ここはこんなにセンスが良く、居心地のいい店だったのか。
改めて見回すと、どこかで見かけたことのある人が多い。リピーターや常連さんが多い店なのだろう。

何も、何も知らなかった。わかろうともしなかった。
人によって違うなんて当たり前だ。それどころか、みんな2ヶ月前とは違う今を生きている。相手によって、場所によって見せる顔もある。僕は、そんな君の色々を、どれだけ見逃してきただろう。

真理は、本当はどんな女性だっただろう。
あの時も、あの時も、彼女は僕に伝えてくれていた。
打っても響かない僕に根気強く向き合い、気持ちをまっすぐにぶつけてくれていた。

それを僕は、自分に問題があるかもなんて思いもせずに、ただ流されるだけの癖に、偉そうにジャッジして、まるで自分だけが一人前の"オトナ"のように、振舞っていた。
こんな大人がいてたまるもんか。僕は、僕の力で真理を幸せに出来なかったんだ。

その時、この気持ちの正体がわかった。
僕はやっと、本当の真理を知っていって、そして、恋をしたんだ。
君はとても素敵な女性だったんだね。ありがとう。

―シャラン。塀のところに猫がいた。猫は足を止めると、優雅な動きで振り返って僕を見た。

その目は、暖かな光にぬれていた。

私が育ったのは、海も空も近い町でした。風が抜ける図書室の一角で、出会った言葉たちに何度救われたかわかりません。元気のない時でも、心に染み込んでくる文章があります。そこに学べるような意味など無くとも、確かに有意義でした。私もあなたを支えたい。サポートありがとうございます。