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育児と仕事の両立とキャパシティと

育児と仕事の両立。これこそ転園以上に十人十色すぎるけれど、私の場合を書いてみる。

私は妊娠前、とある会社で事務職をしていた。インターンから正社員になったばかりのタイミングで妊娠発覚。育休を経て出産。半年後くらいに時短で復職した。早く復職するのと、遅く復職するのとどちらがいいか問題があるが、私の場合は体力がなく、夫の仕事もそれなりに忙しく出張など不在もそこそこあったこともあり、育児の疲弊感が強く、早めに復職できて心底助かった。保育園様様…という感じだった。

一応プレイングマネージャー的な役割を振られ、毎日とにかく必死で駆け抜けた。保育園のお迎えは18時半ギリギリ。夕飯を作って寝かしつけるとどうしても22時を超える。寝かしつけが遅いのが悩みだった。試行錯誤して21時台に寝かしつけても、宵っ張りの娘は全然寝ない。

家事は得意な方ではなく、掃除は気づいた時に掃除機をかける程度。離乳食は、ほぼレトルトで乗り切った。自分自身はなるべく調理したものが食べたく、生協の調理キット、自炊、外食等でやりくりしていた。料理は嫌いではないが、手際が悪く、時間がかかりすぎた。また調理以前に、どのくらいの頻度で、どのくらいの量、買い物をすれば良いか、献立をどう考えれば良いかなどもなかなか掴めず、右往左往していた。

仕事は限られた時間に大量にあり、常に時間との勝負。焦りながら全力でハードル跳びの日々。仕事のことが常に頭から離れず、家族としても上の空。子供にもイライラしやすく、娘が歯磨きを嫌がるなど些細なことにも涙が出るようになった。

途中、コロナによる緊急事態宣言で保育園が閉鎖。娘を家で見ながら在宅勤務になった。娘は家にいられないので、途中公園に出かけ、砂場から仕事をする日々。その後、保育園は再開するが、業務は増え続ける。不調者対応やハラスメント対応などセンシティブかつ責任が重い仕事が続く。

そんな折、友達の突然の訃報が入り、ショックが大きく起き上がれなくなり、会社を1ヶ月休む。復職から1年ほどして、行き渋りがピークを迎え、転園を検討する事になる。そのタイミングに、社内のクレーム対応が重なり、限界を感じる。

時短でも、正社員である限り業務の負担はそれほど軽減されない。むしろ時間を限定することで負荷は大きくなるばかり。それならいっそ契約社員化し、業務量を減らしたいと相談する。娘は年中さんの春に転園。私は非常勤化し、業務量と勤務頻度を落とした。

非常勤化した事で、ようやく心身に少し余裕ができた。夕飯の献立を考える余裕、食材を買い出しに行く余裕、少しずつ、本当に少しずつだけれど、生活が整っていった。今ではクイックルワイパーも2日に1度くらいはかけられる!毎日かけてても髪の毛もホコリもよく取れる、ということを知る。

仕事と育児の両立は、母子の体力や健康、パートナーや祖父母の協力、職場の理解や制度、保育園の近さやサポート、家庭の経済状況等々、、本当に複雑な要素がある。一概に言えることはほとんどないけれど、少なくともフルタイムで働いている人が、化け物レベルなのは間違いない。

私は体力的な問題や、睡眠時間が8時間ないと持たないという自分の身体のことを考えると、フルタイムで働くという選択肢はなかったし、きっとこれからもないだろう。仕事大好き人間でもないが、嫌いでもなかったので、契約社員になる時は相当悩んだ。ギリギリまで執着したけれど、今振り返ると本当に正解だった。溢れかえってる真っ只中にいる時、人は自分で自分のキャパシティがわからないのだとしみじみ思う。

時間に少し余裕ができてくると、これまで全くインプットしている余裕がなかった反動で、猛烈に本が読みたくなった。年300冊弱のペースで本を読み漁った。家事育児と仕事の合間にひたすら本を読んだ。ただただ楽しく、久々に心を取り戻した気がした。

忙しい時は自分が何をしたいか全然わからず、何のために働いているのだろう、何のためにこんなにいっぱいいっぱいで苦しいのだろうと、何もかもが虚しく感じた。色んなことを手放して隙間が生まれると、やりたいことも生まれてくる。今の私の幸せは、布団でゴロゴロしながら本を読む時間。子どもの時から一番好きな時間だなと思う。

子どもが小さい頃は、いつになったら楽になるのだろうと途方に暮れたが、0〜4歳くらいは本当に目まぐるしかった。最近も行き渋りで大泣きして1時間かけて登園したし、いわゆる小1の壁もこれからとまだまだ色々ある。長い道のり、息切れしないようにこれからもゆるゆるいくぞ〜!

次は、育児中最も苦労した自分自身の心の健康を保つための試行錯誤について、書いてみようかと思います。

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