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トイレの神様に出会った日~忘れられない瞬間

小川こころ先生との出会いは、とあるビルの化粧室だった。
4年前の春、先生の単発の文章講座を受講すべく、銀座にいた。時間より少し前についたので、トイレへ向かう。まずは落ち着きたい。手を洗ったり、顔を直したりして、準備を整えたい。

この講座をストアカで見つけたときは、行きたい、絶対、とわくわく感でいっぱいだったのに、少し後悔しはじめていた。
ここは銀座だ。名前のイメージだけで、すでに圧倒されていた。
講座だってきっと若い人ばかり、浮いてしまわないだろうか。それよりついて行けるのだろうか。
還暦を目の前にした田舎者の私の心は、不安な気持ちでいっぱいで、いっそこのまま帰ってしまおうかと何度も思った。

化粧室に足を踏み入れると、女性が一人、手を洗い終え、ハンカチを手にこちらに向かってくるところだった。
その姿が目に入った瞬間、あ、今日の先生かもと思い巡らせたものの、すぐに話しかけられるほど、フレンドリーでもないし、度胸もない。それに、もし違っていたら、気まずい。
目線を他に移し、中へ進み、女性とはすれ違う形になる。個室に向かおうとしたその時、
「はるさんですか?今日の講座の・・・。」と、話しかけられたのだ。
「はい、そうです」慌てて振り返り、消え入りそうな声でなんとか答えた。
とっさのことにあたふたと戸惑う私に、先生は、
「よろしくお願いします。こんなところですみません。では後ほど。」と笑い、ハンカチを手に、颯爽と出ていった。
すらりと美しく知性的で、温かみを感じさせるその話し方に、それまで感じていた緊張感や不安な気持ちが、ゆっくりと春の日差しの中に溶けていくような気がしていた。
爽やかで新しい風が、ふわりと流れていた。

不安は残るものの、その後なんとか気持ちを立て直し、講座へ臨むことができた。
先生は、私が何を書いても、しっかりと受け止め、自分でも気づいていない意図をすくい上げてくれる。その度量の広さ、海のような寛大な心に、すっかり引きつけられてしまった。
褒められることの少なかった人生に、小さな灯をともし、凍えて小さくなっていた自信を掘り起こしてくれたのだった。

今、私は、小川先生の月一文章講座で学んでいる。なかなか思うようには書けないけれど、それもまた楽しいと思えるのは、あの日の出会いのおかげと勝手に思っている。

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