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「あけぼの」を追いかけて~シニア大学生のひとりごと

あなたにとっての春とは?と聞かれたら、土なのではないか・・・という気がする。
冬の冷たい空気の中に、ほんの一瞬湿った土のにおいがしたとき、ああ春がもうすぐなのだと感じる。
それは、ほんのり温かな細長い空気になって、鼻孔の隙間から入って、冬の間に縮こまってしまった心を緩ませてくれる。

今から48年前、高校生の時『枕草子』(清少納言)を初めて知った。
古典の授業は退屈で、全く興味が湧かなかった。
古文体は難解で、意味もわからず、脳内にとどまることなく消え去っていく。
ただ先生が朗読するリズムが、美しくて好きだった。
意味不明な平仮名が、柔らかな音色になって教室の中に溶けていく。
時に楽しく、時に力強く、そして時に哀しく、まわりの空気を変えていく。
『枕草子』は、初めて少しだけ理解できたものだった。

「春はあけぼの」かぁ・・・。

夜明け間近の薄紫の空と雲、きっと美しいに違いない。
春生まれの身としても、なんだか誇らしく、いつかきっと・・・と妄想だけが膨らんだ。
結局実行する事もなく、いつの間にか忘れ去ってしまった。

☆☆

「あけぼの」に会えたのは、それからずっと後のことになる。
子どもがまだ幼い頃、早く起きていた時期があった。
やり残した家事や、ゆっくりする時間がほしかった。
早朝、とっ散らかったリビングを抜けて、ベランダへ。
冷たく澄んだ空気を吸い込んで、日の出前の東の空を見上げる。

(これがあけぼのなのか?)

ポッと湧いた遠い記憶。
辿れば辿るほど、それはあやふやで、心もとないものとなって、宙ぶらりんのまま、空へと消えていった。
ただぼんやりと、白々明ける山際を眺めていた。

☆☆☆

子どもたちが成長してからは、早起きすることも、あけぼのに遭遇することもなくなった。
ただ、古典を学んでいる今こそ、と思う。
夢のままで終わらせることなく、また偶然を期待するのでもない。
しっかりと待ち構えて、春の空を感じたい。
そしてその時、湿った土のにおいがしたら、なおさら嬉しい。


春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
春は夜がほのぼのと明けようとする頃(が良い)。(日が昇るにつれて)だんだんと白んでいく、山際の辺りがいくらか明るくなって、紫がかっている雲が横に長く引いている様子(が良い)。
参考:マナペディアより


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