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小説「最後の弟子」人物設定/相関図(随時up)


架空のウィキペディアーノより、

溝為留吉=美月華樹


溝為 留吉(みぞため とめきち、1955年 - )は、日本の作家、文筆家。医療ジャーナリスト。有限会社ダークホース取締役社長。

東京・葛飾区生まれ。67歳。伊集院大学卒。『週刊毎朝』の記者、デスクなどを経て独立、ノンフィクション作品、コラム、小説などを書く。

経歴
1955年2月28日 東京葛飾生まれ 柴又帝釈天で留吉と命名される。

葛飾区瑞鳳小学校卒。

国語がずば抜けて優秀だった。小学三年、担任の教師に代わって、教壇に立ち、同級生に国語の授業をするなど、とくに文科系に秀でていた小学生時代を過ごす。それまで子供向けの小説しか読まなかったが、小五のときに初めて大人向けの小説、夏目漱石の「坊ちゃん」を読み文学に目覚める。

葛飾区立聖谷中学校卒。二年、三年と担任教師が国語の教諭だった。どちらからも「きみは将来は作家を目指すべきだ」と激励を受ける。

都立全寮制小石川学園高校の第1期生として卒。イギリスの全寮制名門校のウェストミンスター・カレッジをモデルとした男子校であった。同級生には大蔵や建設、文部官僚や、旧財閥系の商社(丸當、五菱)などの海外赴任からの帰国子息やミュージシャンの息子たちも多かった。交流により思想、人格形成に多大な影響を受ける。

伊集院大學卒。

同大学の必須科目である神道に触れたことから、陰陽道を独学で学習を始める。後の陰陽師としての活躍につながる。

16歳から作詞家として活動を始める。宇多田律子、牧野緑子、蒲田淳などに歌詞を提供する。

しかし作詞家として収入を上げられず、挫折。

25歳でジャーナリスト集団『ダークホース』を立ち上げる。新宿区大久保三丁目の事務所は高校時代の同級生の写真家のスタジオの間借りから始まった。この頃から弟子を受け入れる。マスコミ業界への人材育成を始める。弟子には作家、ジャーナリスト、編集者、ウェブデザイナーなどの職に就いた者が多い。指導を受けた門下生のなかには、直木賞作家の桜丸光樹、ノンフィクション作家の右近裕司、ジャーナリストの玄道茉弓らがいる。29歳で事務所を文京区に移転。2000年1月、42歳の時に有限会社ダークホースとして登記。2008年、葛飾区柴又に会社を移転。

35歳で、毎朝新聞の女性編集者と結婚。40歳で離婚して以来、現在まで独身。子どもはいない。


蒼ヰ瀬名(主人公の青年)

蒼ヰ瀬名(あおい せな、1987年 - ) 35歳 凪岬漁港の漁協組合員。

九州で唯一の旧帝大の国立大学文芸部を卒業後、田舎の凪岬へと戻る。

漁協からすぐの海の見える鉄筋アパートに住んでいる。

実家は農家。両親ともに健在で九州にせりだす霧勾半島の山岳村落に住んでいる。

日々、だれにもいわず小説を書いている。

注)凪岬漁協は、蒼ヰ、日高、三橋、安藤の、4つのデスクしかない。


日高健治

日高健治(ひだか けんじ、1977年 - ) 45歳 凪岬漁港の漁協組合役員。

元漁師。事故で片足を失う。それ以後、漁協の組合員になる。

実家は、漁港前のバラックだが市街地に部屋を借りて住んでいる。

未定だが、車好き、釣り好き、女好き、祭り好き、などで物語で動いてもらって、主人公に情報(世知、世間のニュース、老作家のネット掲示板などの情報など)を流す。


三橋眞弥

三橋眞弥(みはし しんや、1985年 - ) 37歳 漁協に出向する市役所員。

福岡にある有名私立大学を卒業後、地元に戻って市役所に務める。キャリア組だった。ある日、ヘタを打って助役に嫌われ、漁協へ出向を命ぜられた経緯がある。


安藤真帆

安藤真帆(あんどう まほ、1996 - ) 26歳 漁協組合員、事務員

地元の高校を出、そのまま漁協の組合員に。造船所で事故を起こした父が寝たきりで、家族で看病をしている。母は半身不随の父に手を焼いている。出来が悪いが、素直な弟が一人いる。






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