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タイピング日記033 / 土曜日の泥棒「コンエスロ」 / 物語の作り方 ガルシア=マルケスのシナリオ講座より

 週末だけ仕事をする泥棒のウーゴが土曜日の夜に一軒の家に忍び込む。不眠症に悩んでいる三十代の美しい主婦のアナは泥棒が忍び込んだ現場を押さえる。銃で脅されて彼女は宝石や高価な品をすべて差し出すが、その時に三歳になる娘のパウリには近づかないように懇願する。しかし、女の子はウーゴと顔を合わせてしまう。彼は手品をやって見せて、女の子の心をとらえる。その時に、ウーゴは「居心地のいい家だから、少しゆっくりしていくか」と考える。週末をその家でゆっくり過ごして、心ゆくまで楽しめばいいんだ、どうせ主人は商用で出かけていて、日曜日の夜まで帰ってこないんだからな---彼は、一家の暮らしぶりを前もって調べ上げていたのだ。泥棒は迷うことなく主人のズボンをはくと、アナに夕食を作ってくれ、酒蔵にワインがあるはずだから、それをもってくるんだ、それに音楽がないとさみしいから、食事の時に何かいい曲があればかけてくれと注文をつける。

 パウリのことが気がかりでならないアナは、夕食の用意をしながら、男を家から追い出す手立てはないだろうかとあれこれ考える。しかし、ウーゴに電話線を切られていたし、隣の家は遠く離れているうえに、夜でだれも訪れてきそうにないので、手の打ちようがない。アナはウーゴが飲むワインのグラスに眠り薬を入れようと考える。平日は銀行の夜警をしている泥棒はラジオ番組が大好きで、毎晩欠かさず聞いているが、夕食をとっている時に、アナが自分の大好きなポピュラー・ミュージックの番組のDJだということに気がつく。ウーゴは彼女の大ファンなので、二人でカセットテープから流れてくる大ベニー〔キューバの歌手〕が歌う《過ぎ去りし時》を聴きながら、音楽のことやミュージシャンの話をする、ウーゴが意外に物静かな男で、自分を傷つけたり、乱暴する意志がないとわかって、彼女はグラスに睡眠薬を入れたことに後悔する。しかし、睡眠薬はすでにグラスの中に入っており、泥棒がそのワインをおいしそうに飲んでしまったので、どうすることもできない。けれども、ひとつの手違いがあった。睡眠薬はアナが飲んだグラスの方に入っていて、彼女はあっという間に眠り込んでしまう。

 翌朝アナが寝室で目を覚ますと、着衣はそのままで、上からちゃんと毛布が掛けてある。庭の方を見ると、ウーゴとパウリが楽しそうに遊んでいて、朝食の用意もできていた。アナは思わぬ成り行きにびっくりし、泥棒が思いのほか魅力的な男だということがわかって嬉しくなる。アナは今までに感じたことのない幸福感を覚える。

 その時、彼女の女友達がやってきて、一緒にジョギングをしようと言う。ウーゴはひどく不安そうにしているが、アナは娘が病気だと言って、急いで女友達を追い返す。三人は家で楽しい休日を過ごすことになる。ウーゴは口笛を吹きながら前の晩に壊した窓と電話線を修理する。アナは彼がとても上手にダンソン〔十九世紀にキューバで生まれたダンスの一種〕を踊ることに気がつく。彼女もダンスが大好きなのだが、一緒に踊ってくれるパートナーがいなかったのだ。彼が一緒に踊りませんかと言ったので、二人はペアを組んで午後遅くまでダンスをする。パウリはそんな二人の姿を眺め、拍手をし、やがて眠り込んでしまう。そのうち二人も疲れてリビングルームのひじ掛け椅子に倒れこむ。

 主人の帰る時間が近づいてきたので、楽しいひとときは終わりかけていた。アナが持っていっていいと言ったのだが、ウーゴは盗んだ品をほとんどすべて返すと、二度と泥棒に入られないようにとあれこれ忠告を与える。彼は悲しそうな顔をして母親と娘と別れを告げる。アナが彼を見送る。ウーゴの姿が見えなくなる直前に、彼女は大声で彼の名を呼ぶ。彼が引き返してくると、その目をじっと見つめて、次の週末も主人は商用で出かける予定だと言う。土曜日の泥棒は黄昏時の光に包まれた街路を踊りながら幸せそうに帰って行く。


〈物語の作り方  ガルシア=マルケスのシナリオ講座〉



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