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短編小説「バスタブのなかのもうどく」(10枚)


 ひるすぎ。ぼくはケッコウのよるまでゲンバにひそんでいようといえをでた。げんかんさきでマルケスがぼくにおをふってきた。

「あら、おでかけ? 」

 はははいもうととてをつなぎぼくをみてわらっていた。くそ、いもうとのほいくえんのじかんをあたまにいれてなかった。まあいい。ここにはにどとかえってこないから。

 ふりむかずにはしった。ウシゴメとヤオハチをこえてとうふやとタバコやがあるつじまではしった。とうふやのみせばんのおかみもタバコやのバアなみにもうろくしてめがわるいからぼくはだれにもみられていないはずだ。

 ぼくはおしりをペタンとじめんにつけた。

 きのうのよるバッグにつめたなかみのかくにんだ。いちばんだいじなものはこんばんゲンバでつかうちちのケータイからアマゾンでかったサバイバルナイフ。おとなようだけどもうしぶんのなくするどい。ゲンバちかくにひそんでるあいだおなかがすいたときたべるかにパンとアメ(ぼくはショウニトウニョウビョウでくらくらしててあしがしびれたときにくちにいれる)、ケイカクでヤツをサツガイするテジュンをかいたノート、サツガイゲンバのセイカクなシュクシャクズ、ゲンバからにげるほうがくをしるしたクレヨン、きょりやかくどやたかさをはかるさんかくじょうぎ、ちちのつくえにあったコンパス(つかいかたがわからないけどぶきにつかえるからもってきた)、ペンライト、それらがガチャガチャおとがしないようにまるめたハンカチをバッグのすきまにつめた。ほかはなにもない。あカットバン。きのうサバイバルナイフでひとさしゆびをきったから。おかねはケイカクにひつようないのでもってない。さいごにへやにこもってたんねんにじかんをかけてさくせいしてさくやできあがったミョウシンジホイクエンのチズだ。チズがこんやのさいだいのカギだ。そうだここでこんやのサツガイゲンバ×をかくにんしておこう。

「ぼう、かうのかい? もうしめるけど」

「ぎゃっ」

 おかみのこえではねおきた。とびだしそうなしんぞうをむねにおしこんだ。

「ぼう、らいねんはにゅうがくかね」

 ぼくはくびをしずかによこにふってそれをうちけすようにゆっくりたてにひとつふった。

 みちにちらかったにもつをバッグにつめこみカドをまがってまたカドをまがってひかりのもんというきょうだんのポスターがはられたでんちゅうをまがってとうふやがぜったいにみえないところまではしりまくってまたぼくはじべたにしりをおとした。ん? あれ?

 かおをあげるとなぜかぼくのいえのいけがきが、マルケスがはなをぬらしぼくにしっぽをふっていた。ひみつきちへむかった。

 かわいたダンボールをえらびどてをすべりおりた。あめでくずれたうらてのトタンをくぐってハイオクにせんにゅうした。ツチボコリやハムシやショウドウブツのシガイがつもったバスタブのなかにもぐりこんだ。ジャバラブタをしてペンライトをつけた。バスタブのなかでツチボコリとハムシのシガイがきみょうなもようでまった。しんだカラダ。シタイ。ぞくぞくしながらチズにあるサツガイゲンバ×をゆびでなぞった。

 ころげまわっていた。ハムシのシガイがまじったツチボコリがキカンシにながれこんでいた。イキができない! はきけが… きがとおく… アメだまはどこだ? イシキとカラダがちぎれるなかぼくはさけぶ。このいたみはおさまらなくていい! このいたみはこのまましぬまでつづけばいい! このいたみこそぼくがもとめていたものだ! ぼくはイチネンセイになれないんだ! 

 マキブタをめくるとやねにあいたアナにほしがまたたいていてぼくのりょうのわきばらにかけてなないろにかがやくもうどくのムカデがまきついていた。なんてうつくしいイキモノだ! こんなうつくしいセイブツはちちのこんちゅうずかんでもみたことがなかった。

 ぼくはもうどくムカデをやさしくそっとだきかかえた。しいくケースにいれてかいたいとおもった。けれどちちのずかんによるともうどくをもつやせいのムカデやどくガエルなどはじんこうしいくされるとたちまちそのもうどくせいはうしなわれる。とかかれてあった。だからぼくはしぜんへかえした。

 ぼくはまたマキブタをしてバスタブにとじこもった。こんや×でねらうのはソウドウのヤツだ。ソウドウとはウンスイというボウズのガクセイがボウズになるためにクンレンするドウジョウだ。そこでメンキョがもらえないとコジキボウズになる。ぼくをなやませるのはソウドウのヤツがちちのふたごのアニだったことだ。バスタブのなかですわりなおしぼくはふかくめをつぶる。りょうのみみをとぎすませる。するとバスタブのなかはおとのないヤミのおどうへとかわっていった。

 あのひぼくはゲンバをみてしまった。ははがケイエイするカフェののれんはさがってなかった。だがそのひのとはろうがぬりたてだったのかゆっくりとすべった。ぼくはははをおどろかせようとしのびこんだ。まるでうなぎのとぐろのようなほそくながくまがったマチヤヅクリのおくへとふみいれた。みぎにおれひだりにおれしながらぼくはとうとうみせのどんつきのかいだんしたにはめこまれたゆがんだかんのんびらきのとをみつけた。

 いまおもいかえせば、ははのみせはかいてんじはいつもきまってハービー・ハンコックのショジョコウカイがかかる。ははがすきでぼくもだいすきなやつだ。それがあのひはいつもよりかなりおおきなボリュームだった。

 ゲンバをモクゲキしたときぼくはキョウフでたちすくんだ。ひざがふるえはだにあいているあなというあながいっしゅんでぜんぶひらいた。ぼくはまるでイトがきれたくりにんぎょうみたいにコーヒーのきまめがつまったあさぶくろにたおれた。

 よつあしであえぐははのしりにカゲはするどくつめをくいこませていた。カゲはまいあさソウドウをはきそうじするあのカゲだ。まちがいない。ぼくはくらやみでもはっきりとはんべつできた。つるりとどくとくなかたちにつぶれたボウズのカゲはひだりみみのがなかった。それはぼくのみぎおやゆびのシモンのようにまちがえようがなかった。

 はははぜんしんをひきつらせまえにみをくずした。カゲはははのかみをつかんだままうしろからぼうりょくてきななにかをおしこんだ。はははまるでジャングルにセイソクするみたこともないケモノがシのきわにはりあげるようなうめきをふとんにうずめた。

 はははおそわれているんだ! たすけなきゃ! が、ぼくはかたずをのんだ。はははカゲとなにかかけひきをしているようだった。

 ははがうめくたびぼくはみみをふさいだ。まるでとおくのなかまをよぶケモノのなきごえだった。カゲはははのうめきにふまんなのかこしのうごきをにぶらせる。するとこんどはははのしりがカゲのねにすいついた。じつはそれこそカゲをいらだたせているようだった。カゲはははのちょうはつにいらだっていた。はははそれをしっているようだった。

 ははのしりとカゲのねのはげしいぶつかりあいになるとカゲはいくどもははのかおをなぐった。カゲはははのかみのけをつかみははをかべになげつけた。ちでぬれたとうぶをはしらにごりごりこすりつけた。かおをなぐられるたびはははケモノのうきをあげぼくはそのたびにみみをふさいだ。ぼくはにげた。

 トタンにおおつぶのあめがあたっていた。

 ハイオクからでるとずぶぬれになったがかまわずミョウシンジホイクエンへとむかった。

 ソウドウがモンバンをしているミョウシンジホイクエンがみえるでんちゅうのかげでぼくはチズをひらいた。ここが×だ。

 でんちゅうのかげでバッグからサバイバルナイフをとりだすれんしゅうをはじめた。いえでなんどもした。けどゲンバでハプニングはつきもの。なにがおこるかわからない。ここでもさいしゅうかくにん。えをにぎったじょうたいでナイフをとりだす。そのままつよくさす。それだけ。さすれんしゅうはたくさんやった。がこんやのどしゃぶりでえがすべる。すべってはをすででにぎっちゃうなんてことはかんがえないように。すべりもケイサンしなければ… シッパイはゆるされない。

 いまのジョウキョウではソウドウのしんぞうをうちとるのはおそらく、ムリだ。ちちのずかんとインターネットでジンタイのコウゾウとそばがらのマクラでなんどもれんしゅうした。けどおそらくこんやのどしゃぶりではサクセンヘンコウはよぎなくされる。

 えのぬめるナイフではソウドウのしんぞうまではとどかない。かんぜんサツジンマニュアルでもヒトはカンタンにはしなないとあった。ムカデをころすようにかくじつにころせとあった。ねらうはおなかのよこ、わきだ。みみのないひだりわきばら。ソウドウのひだりわきのロッコツとロッコツのあいだにナイフをすいちょくにぐっとさしこむ。ナイフをすいちょくにぐっとさしはをしんぞうへつきあげる。よゆうがあればはさきを、ねじる。もいちどあんきするまでくりかえそう。ナイフをソウドウのひだりわきのロッコツとロッコツのあいだにすいちょくにぐっとさししんぞうへつきあげるナイフをソウドウのひだりわきのロッコツとロッコツのあいだにすいちょくにぐっとさししんぞうへつきあげるもいちどナイフをソウドウのひだりわきロッコツとロッコツのあいだにすいちょくにぐっとさししんぞうへつきあげる…ぐっ。だいじょうぶだいじょうぶだいじょうぶだいじょう…

 きた。ソウドウのカゲだ。

 どしゃぶりの路上にぼくは、地図を、バッグを、殺害計画をかいたノートもなにもかもを棄てた。サバイバルナイフをにぎり片耳のない僧堂の男の影へとむかった。 


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