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【小説】ヒア・カムズ・ザ・サン#9

 ライブが終わってしばらく経っても、彼は店に来なかった。忙しいのか、避けられているのかどちらかわからないが、以前なら1ヶ月来なくても特に気になりはしなかったが、今となっては今日も来なかったと毎日のように落胆してしまっている。と同時に抱えてしまった問題の答え合わせを先延ばしに出来ている状況に、少しほっとしてしまう自分もいた。確かめたところで何になるんだろう、自分がスッキリしたいだけで、もし私の予想が当たっていたら彼を余計に追い込んでしまうのではないか?もうここへ来ないのならそれはそれで彼にとっては良いのかもしれない。そもそもこれが正解だとまだ決まったわけではないし…、あぁ、結局私は自分のために本当の事を知りたいだけだ。

 そんな事を一人悶々と考えていた水曜日の午後9時前、テーブル席は半分程、カウンター席には樋口くんの友達が2人来ていてさっきからずっと話し込んでいる。マスターは厨房でまた例のカレーを作りながら時々顔を出して店内の様子を確認している。ちょうどマスターが厨房から出てきたタイミングで店の扉が開いた。ここのところ扉が開く度、彼が顔を出してくれるのを期待しては裏切られての連続だったが、今回は予想外の裏切りが待っていた。以前飛び入りライブでカホンを叩いていた彼のバンドのメンバーの子だった。

「いらっしゃい、あ、珍しいね、1人?」

 カウンター手前、扉の近くにいる樋口くんがすぐさま声をかける。

「…はい」
「どうぞ、どこでも好きなとこ座って」

 樋口くんの前には友達が2人座ってしまっている。彼は少しだけ迷って奥のカウンター、私の居る位置の近くに座った。

「こんばんは。何にします?」
「…あー、ビールで」

 この仕事をするようになって初対面の相手でもあまり気にせず話せるようになったけど、彼に声を掛ける際私は少し緊張していた。何故なら以前阿部さんに連れられバンドのメンバー全員で来てくれた時に、この彼はやたら私を監視するような目で見てきて、それが気になった私が話しかけても特に気の無い返事だけされ目を逸らされるという事が何度かあったのだ。…つまり、あまり印象がよろしくない。

「…どうぞ」
「…ありがとうございます」

 樋口くんの友達は2人ともお酒のおかわりをしたところで、まだ当分帰りそうな気配はない。状況的に私が彼の相手をした方が良いのだろうけど、そもそも相手しない方が良いのかそれすら読めない、どうしたもんかと思っていたら、意外にも彼の方から口を開いた。

「…あいつ、ここに来てます?」
「え、あいつって?」
「…うちのボーカル」
「あぁ、最近来てないみたい。私が休みの日とか帰ってからの遅い時間はわからないけど、マスターや樋口くんから来てたって話は聞かないから、多分全く来てないんだと思う…」

 同じバンドのメンバーでも彼がここに来なくなった事を知らないんだ。なら来ない理由を私がいくら考えてもわかるはずがない。

「…そうですか」
「…元気にしてる?もう1ヶ月くらい会ってないかな」

 さり気なく探りを入れてみる。

「まぁ、元気にはしてるけど、今正直忙しいし、いろいろあったりはします…」
「…そっか」

 やっぱり曖昧な返答しか貰えない。まぁ仕方ないか。うーん、会話が続かない、何か話題ないかな。もしくは誰か来てくれないかな…。

「………あの、オレちょっとあなたに聞きたい事があって…」
「え、そうなの?何?」

 意外な展開だ。私に用があって来てくれたのか。

「…あの、あいつの事どう思ってます?」
「…どう言う意味?」

 全く予想していなかった質問だな。

「…そう言う意味で…」

 質問するならもう少しわかりやすく言って欲しい。

「…男としてって事かな?」
「まぁ、はっきり言えば…」

 だからはっきり聞いて欲しい。

「私、結婚してるんだけど…」
「…知ってます」
「なら、何でそんな事聞くの?」
「…結婚してても、付き合ってる相手が居ても、違う人好きにならないとは限らないでしょ?」

 そこはやけにはっきり答えるんだ。私はまたリナの事を思い出してしまった。

「そう言う人もいるかもしれないけど、私は、無いよ。キミが何を期待しているのか知らないけど」
「…本当ですか?あいつにも何も言われてない?」
「何も無いよ…」

 弱っている私に気付いて優しい言葉をかけてくれたり、ライブに来て欲しいとチケットを渡して来たりは、何も無いの範囲で良いのだろうか…。

「…あいつがおかしくなり始めたの、あなたに会ってからだと思う」

 …私?何で?

「その話、少し前に阿部さんがここでしてたやつかな、『HARVEST』に初めて出た時とその後の…、調子落としてた頃の感じと似てるってやつ…」
「…そう、ですね。阿部さんそんな事まで話してるんですね、ほんとおしゃべりだなあの人」

 そう言いたくなる気持ちはよくわかる程に阿部さんはお酒が入ると本当に何でも話してくれる。

「当時は好きだった女の子が原因って聞いたけど、その子じゃなくて?何で私なの…?」

 本人に確かめるつもりだった事を彼に聞くのは正直後ろめたい。

「当時は確かにそうでした。けど今は違うと思う。もうあの時の人とは完全に切れてるし」
「…それは間違いないの?」
「はい」

 言い切ったな。2人がまだ繋がっている可能性も考えたけど、やっぱり無いのか。もしかしたらリナに会えるかもと少しだけ湧いていた希望がまた消えて無くなってしまった。

「あいつがここに初めて来たタイミングとおかしくなり始めたタイミングが同じなんです。それで、その後阿部さんに連れられて、全員でここに来て、あなたを見て、みんな驚いてた…」
「何で…?」
「あまりにも、似てたから、あなたと、あの時の人が…」

 …あぁ、そうなんだ、…やっぱり。もう間違い無いな。出来ればこんな型で確証は得たく無かった…。ならせめて、最後は本人とちゃんと話さないと。

「私とその子を重ねてるって事?」
「多分…」
「そっか、わかった。…えっと、ごめん名前、何くんだっけ?」
「え、オレ?湊です…」
「ごめん湊くん、ちょっと頼まれてくれないかな?」

 相手が動かないなら、私から動くしか無い。



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