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【小説】ヒア・カムズ・ザ・サン#10

「おかえり」 

 夜の10時を過ぎて、やっと帰って来た。

「……ただいま」

 声を掛けた相手はオレを見る事なく返事をしてくる。

「何してたの?」
「……別に何も…」
「何処に行ってたの?オレの事ほったらかして…」
「………何処だっていいだろ、毎回気持ち悪い出迎え方すんな」

 耐えきれなくなった湊が吐き捨てる様に言うと手に持っていたバッグをオレに投げつけてきた。

「危ねぇだろ」
「うるせぇ」
「何イラついてんだよ」
「おまえのせいだよ」

 ちょっとふざけ過ぎたか、何でか知らないが今日は本気で機嫌が悪そうなのでもう止めておこう。

「さっき斉藤が来て冷蔵庫にまたいろいろ詰め込んでくれてたけど、食う?」
「…あぁ」

 何が入っているのかもよくわからないので適当に冷蔵庫からタッパーと、ついでにビールを2缶出してテーブルに並べる。

「斉藤のやつ何かもうすっかりオレらの母ちゃんだな…」

 男2人、それもオレと湊の組み合わせなら絶対まともな物食べないでしょと、こうやって時々斉藤は手作りの料理をまとめて持って来てくれる。

「おまえはいつでも本物の母ちゃんの手料理食えるだろ。いつまでうちに居るんだよ」
「…好きなだけ居ていいって言ったじゃん」
「もうそろそろ忘れろ。彼女呼べないし」
「何、ついに彼女出来た?」

 湊は大学4年の頃に付き合いはじめた彼女と半年で別れて以来彼女はいないはずだ。

「そろそろ出来る予定だよ。デビューしたら」
「…あれメジャーデビューって意味じゃなかったの?」
「…何でそういうのは覚えてんだよ…、歌詞やスケジュールはすぐ忘れるくせに…」

 うちのバンドのメンバーは基本的にみんな良い奴なので誰と居ても気が楽だし肩肘張る事も無い。その中でもドラムの湊は大学で一番初めに親しくなった上に音楽の趣味も一番オレと近かったので特に気を許しているところがある。無神経なオレが気を使わなさ過ぎて神経質な湊をイライラさせるのは日常茶飯事だがそれでも何となく馬が合っていた。

 湊のアパートに居着くようになったのは今から一年程前。ライブの度にボロボロに打ちのめされるオレを見兼ねて保護してくれた。以来ただひたすら湊に甘えて生きている。湊だけじゃ無い、食事面を世話をしてくれる斉藤も、もちろん長田も小原も常にオレを気にかけてくれている。…言い換えれば心配を、下手したら迷惑をかけ続けている。 

「……おまえさぁ…」

 湊がオレを見ずに呟くように言う。

「何?」
「………いや、何でもない」
「何だよ」
「オレ今日はもう風呂入って寝るわ」
「…はやくね?」
「そういう気分」

 そう言うと湊は本当に風呂場へ向かった。
 湊が言い澱んだ、言いたかった事は何となく予想はつく。それを言わなかった理由も…。
 オレは今の状況を何とかしなければと思いつつも結局忙しさを言い訳にして何もしようとしていない。
 あの日、理香子さんにライブのチケットを渡したのは、あの頃の感覚を思い出したかったからのはずなのに、結局オレは土壇場になって怖気付いた。たった1曲だけど、理香子さんの見ている前で歌った『ドント・レット・ミー・ダウン』はここ最近ではオレの中で会心の出来だった。湊も認める程だ。だけど、ライブの日が近付いて来てイメージをすればする程、理香子さんの姿があの人へとすり替わっていき、あの頃感じていた胸の痛みまでもが鮮明に思い出された。

 そして思い知った。誰かに誰かを重ねて見てしまう事の苦しさを…。


 宣言通りに湊は風呂から上がると布団に潜り込んで寝始めた。反対にオレはいくら酒を飲んでも寝付けず、明け方近くになってようやく眠る事が出来た…。



 湊が起きて早々に珍しく部屋の片付けでもしているのか忙しなく動き回っている。その気配に時々目を覚ましながらもついさっき寝たばかりのオレは当然起き上がれるわけもなく床に敷いた布団の上に転がっていた。そのうちに湊は何も言わずに何処かへ出掛けて行き、静かになった部屋でオレは再び深い眠りへと落ちて行った。



「…まだ寝てんのかよ、いい加減起きろ」

 いつの間にか帰って来ていた湊に背中に蹴りを入れられ起こされる。

「…いてぇな、何だよ久しぶりの休みなんだからゆっくりさせてくれよ」
「ゆっくりし過ぎだろ、もう昼」

 …マジか、確かにこのままでは貴重な休みが何もせず終わってしまいそうだ。しかし寝付けないせいで昨夜は一人でかなり飲んでしまったため、はっきり言って気分は最悪だ。

「んー、…無理。今日は一日寝とくわ」
「いいから起きろ!風呂入って目ぇ覚ませ!」

 布団を剥ぎ取られ風呂場に押し込まれる。…何なんだよ。

 熱めのシャワーを頭から浴びてようやく目が覚めてきた。
 風呂場から出ると湊はいつもなら出しっ放しのオレがついさっきまで寝ていた布団まで片付けていて、湊の部屋は見たこともない程にキレイになっていた。

「……何、誰か来るの?」

 さすがに変だ。

「……ちゃんと着替えとけよ」

 そう言って湊はまた部屋を出て行った。
 …だから、何なんだよ。


 言われた通りに着替えを済ませキレイ過ぎて逆に落ち着かない部屋で一人湊の帰りを待つ。そう言えば昨日からちょっと様子がおかしかったな。まぁあいつに限らずうちのメンバーは普段からおかしなやつしかいないが、帰ってから妙に落ち着きがなくイライラしていた。昨日あいつに何があったんだろうか…、見当も付かないまま20分程で湊が帰って来た。

「何なんだよ、ちゃんと説明し……」

 それ以上言葉が続けられない。
 湊と一緒に部屋に入って来たのは、…何で、理香子さん…?



「…何ですか、頼みって」

 湊くんは不審者でも見るかの様な目で私を見ている。

「そんな露骨に嫌な顔しないでよ。彼と話がしたいだけ。私連絡先知らないし、繋いでくれないかな?」

「…今ならオレの家に居ると思うんで、呼び出しましょうか?」
「んー、ここじゃゆっくり話せないから近いうちに何処か別の場所で。出来ればお昼頃」

 いつ何処にするのか悩んでいるのか、そもそも私と会わせる事を躊躇っているのか、湊くんはしばし険しい顔で黙り込んでいた。

「…明日なら、明後日からまた忙しくなりそうで、明日ならちょうど予定が空いてますけど…」
「私はいいよ明日で」

 はやい方が良い。それに明日なら夫は昼前には仕事で家を出る予定なので私も都合が良い。

「……何を、話すんですか?」
「それは、まずは本人と話したいから今ここでキミには言えないな。それに、まだあくまで私の予想というか、だから彼と会って話をして確かめたいの」
「…わかりました」

 湊くんの連絡先を教えてもらいその日のうちに何度かやりとりをして、明けて今日、昼の1時に指定の場所にて私は湊くんを一人で待っていた。

 正直、ここまで来てまだ迷う気持ちもある。だけど、どう考えてもこのまま何も確かめないで良いはずがない。彼のためにも、リナのためにも、湊君をはじめとするバンドメンバー、阿部さん、…そして私のためにも。



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