【小説】ヒア・カムズ・ザ・サン#12
「リカ、オレと付き合う気になった?」
…まただ。
次の授業の教室へ向かう道中、後方からかけられた声の相手はもう振り返らなくてもわかる。
「付き合いませんって、何度言ったらわかってくれるんですか…」
面倒だが適度に相手をしないと何処までも着いて来るので振り返ってはっきり言う。一緒に教室に向かっていたリナの足も止めさせてしまった。
「今からどっか遊びに行こう、オレの家でもいいけど」
「何でですか、行きませんよ。私はこれから授業があって急いでるんです」
「あ、これやるし。後で部室寄って」
私の好きな銘柄の、食べかけのチョコレートを押し付けて去って行った。相変わらずの噛み合わないやりとりを真横で聞いていたリナが笑っている。
「相変わらずだね、浅野さん。もう諦めて付き合ってみたら?」
「リナまで何言ってるの。だいたい浅野さん彼女いるじゃん」
「リカが付き合ってくれるならさすがに別れるんじゃない?」
「ならせめて別れてから言ってほしい…。それでも付き合う気は無いけど」
事の始まりは、私が大学に入学して1ヶ月程経った頃、1人で次の教室を目指して大学構内を歩いていると、2人連れの体格の良い男の人が私の進路を塞ぐ様に立ちはだかった。避けて通ろうとするとまた邪魔をされる。
「…何ですか」
無視したかったけどどうにも通してくれそうに無い。
「1年生?かわいいね、サッカー部のマネージャーやらない?」
ニヤニヤしながら顔を近付けて来る。
「しません。授業に遅れるんで通して下さい」
自慢では無いがナンパされるのは今回が初めてでは無い。相手にイケると思われない事が大事なので毅然とした態度で対応してそのまま通り抜けようとした時、腕を掴まれた。
「何するんですか、離して下さい」
「いいじゃん、ちょっとあっちで話するだけだからさぁ」
腕を引っ張られ、さらにもう1人の男に持っていたバッグを奪われた。あ、これヤバイかも…。大声を出して誰か助けを呼ぼうと思った、その時…、
「何やってんだよ!」
「いってぇ!何すんだ、てめぇ!」
声の主が私のバッグを奪った人に鮮やかな蹴りをくらわせた。蹴られた拍子に男がバッグを落としたので私はすぐさま取り返す。
「浅野!おまえ!」
「何だよ、やんのか?」
いつの間にか私達の周りを人が取り囲んでいた。その様子に気付いてサッカー部らしき2人組は「覚えてろよ浅野」と吐き捨てる様に言って去って行った。
「リカ?どうしたの大丈夫?」
入れ替わる様に直前に別行動をしていたリナが駆け寄って来る。
「うん、大丈夫、…あ、あの」
助けてくれた人が何も言わずに立ち去ろうとしていたので思わず声をかけた。
「ありがとうございます、助けていただいて…」
「…別に、ただ、あいつらしつこいから、気を付けて」
少しだけ振り返ってそう言うとその人も行ってしまった。それが私達と浅野さんの出会いだった。
そして、浅野さんの言う通り、あの時のサッカー部の2人は本当にしつこかった。私だけならともかくいつも一緒に居るリナも目を付けられてしまって事あるごとに私達に近付いて来る。自分達で何とかかわしたり、また浅野さんが助けてくれたり、気付いたら浅野さんと浅野さんのサークルの人達がまるで私達のボディーガードのようになっていた。しばらくすると、そのサッカー部の2人が何やら問題を起こしたとかで大学内で見掛けなくなりようやく落ち着いた。と、同時にすっかり親しくなった浅野さんに言い寄られる様になったのはその頃だった。…つまり、相手が変わっただけで私の状況は対して変わっていない、どころか、しつこさで言うと断然浅野さんの方がしつこかった…。
「授業終わったら部室行くの?」
「行かないよ、部員じゃないし」
浅野さんは軽音サークルに所属している。何度もそのサークルに入れと誘われているが、正直あんまり興味はないし、入部したらどこまでエスカレートするのか恐ろしくてとてもじゃないけど無理だ。
「まぁ私は2人のやりとりコントみたいで見てて面白いけどね」
そう言ってリナがまた笑っている。
「リナって結構浅野さんの事気に入ってるよね」
「見てて飽きないかな。…男としては、確かにちょっと微妙だけど…」
もう本当にその通りだ…。悪い人では無い。良い人でも無いけど。会話は噛み合わないけど一緒に居て嫌では無い。多分、付き合うのは簡単だ。好きになれるかは、正直微妙なところ…。
「リカリナ」
「…何ですかその呼び方」
ある日の午後、また浅野さんに見つかった。私は今日もリナと一緒にいる。
「これ来て、明日」
そう言ってチケットを2枚手渡してきた。
「…何ですか?」
「サークルのライブ、『Goldmine』ってライブハウスでやるから、絶対来いよ」
要件だけ言うと今日はすぐに行ってしまった。ギター持ってるからこれから練習かな。
「明日ってまた急だね。絶対来て欲しいなら前もって言えばいいのに、そういうとこ雑だよね、浅野さん」
本当に…。
「…リナ、明日バイト?」
「…行くの?」
「私は、明日予定無いけど、でも一人で行くのは、無理…」
「行かなかったら後でうるさそうだもんね。この前もリカ部室寄らずに帰ったから次の日ずっと追いかけて来たしね。いいよ、私明日バイト休みだから付き合う」
もうリナが女神に見える。浅野さんじゃなくてリナと付き合いたい。
「ありがとう、リナ大好き」
「ついでにうち泊まってく?」
「泊まる!」
うん、やっぱリナがいい。
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