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【小説】ヒア・カムズ・ザ・サン#13

 そして翌日の夕方。
 一人暮らしのリナのアパートにお泊まりの荷物を置いてから一緒に『Goldmine』というライブハウスに向かった。
 浅野さんや、浅野さんと仲の良いサークルの一部の人とは以前サッカー部の人にしつこくされていた時に親しくなったけど、サークル全体のこういったイベント事に参加するのは実は初めてで、私は少し緊張していた。そんな私の様子を察してくれているのかリナは自らライブハウスの場所を調べてくれたり、ドアを開けてくれたり、私を引っ張って行ってくれた。中へ入ると、知った顔、知らない顔たくさんの人が居て一斉にこっちを見た。

「あ、リカちゃんだぁ」

 全然覚えの無い女の人に素性がバレてる。…誰?やっぱりもう帰りたい…。

「浅野どこ行った?教えてあげたら?超気合入るでしょ」
「私探して来るー」

 別の知らない女の人が楽しそうにどこかへ行った。

「私、浅野と同じ学年の原田です。ウワサのリカちゃん、ずっと話してみたかったんだよねぇ。ほんっとカワイイな、そりゃ浅野も惚れ込むわ。お友達までカワイイし。2人とも楽しんで行ってね、見た目イカついやつばっかだけどただのバカの集まりだから、全然怖くないからねー」
「…はい」
「リカ!」

 さっきどこかへ行った女の人が浅野さんを連れて戻って来た。

「オレ今日トリだし、おまえちゃんと最後まで居ろよ」

 私の頭をポンっと撫でると浅野さんはすぐまたどこかへ行ってしまった。

「リカ、中入ろっか」
「…うん」
「ごゆっくり〜」

 原田さんが手を振って私とリナを見送ってくれた。

 奥の重たい扉を開けると、今まで聴いたことも無い爆音が耳を襲って来た。ライブの映像とか、テレビでは観た事あるけど、生の演奏をライブハウスで聴くのは初めての経験で、想像していた以上に体に響く感じがする。ライブハウスの中はどこまでがサークルの部員で、どこからがお客さんなのかわからない大勢の人達が体を揺らし、拳を突き上げ自由に楽しんでいた。
 音の大きさには慣れてきたけど、少々ノリに付いて行けず、私とリナはしばらく後ろの方でのんびりステージの様子を眺めていた。…リナが一緒に来てくれて本当に良かった。私一人だったら絶対最後まで居られない。

 そうして何バンド目かもうわからなくなってきた頃、やっと見覚えのある人が出てきた。ドラムとベースの男の人は前に浅野さんと一緒に居て少しだけ話をした事がある。あとはギターの男の人と、ステージの向かって左側でキーボードとマイクの準備をしているのはさっき入り口で話しかけてくれた原田さんだ。用意が出来た様で、原田さんがキーボードを弾いて歌い出した。…さっきまでのバンドとは全然違う…。歌声もハスキーで、ついさっき話していた時のソフトな雰囲気とガラッと変わって、なんか、色っぽいと言うか…。リナも同じ気持ちなのか食い入る様にステージを観ている。

「…今の曲聴いたことある、何だっけ」

 一曲目が終わったところでリナがそう呟いた。
 私は全然知らない英語の歌ばっかりだったけど、キーボードを弾きながら歌う原田さんはすごくカッコよかった。

『もう終わり?速いなぁ。次の定演こそは絶対トリやるからね、負けないよ。けど今日の浅野気合い入ってるからなぁ、愛しの誰かさんのおかげで…』
「うるせぇ、はやく終われ!」

 どこからか浅野さんの声がした。
 いろんなところから笑い声が上がっている。名前こそ伏せてくれたけど、そういうの、やめてほしい…。

『照れんなよ浅野。じゃいこっか、最後の曲、ミー・アンド・ボビー・マギー…』

 最後の曲紹介をして歌い始めた原田さんは、やっぱりカッコ良かった。

 原田さん達がステージを降り、入れ替わりで浅野さん達がステージに上がる。メンバーはボーカルとギターの浅野さんとベースとドラムの3人。慣れた手付きで準備を終えると、見たこともない真剣な表情でマイクに向かう。
 一瞬の静寂の後、ドラムのカウントから演奏が始まりライブハウスのフロアは一気に熱狂に包まれた。

 浅野さんも私の知らない曲ばかり演っていたけど、そんな事気にならない程に私はその姿に見入ってしまっていた。音楽の事はやっぱり私にはわからないけど、浅野さんが音楽が大好きだという事はこの姿を見ればわかる。普段私に適当な事ばっかり言って困らせてくる人と同一人物だとはとても思えない。

 浅野さんがステージに居た30分程の時間は、あっという間だった。

「リカちゃんどうだった?」

 浅野さん達のライブが終わりフロアが明るくなるとさっきの原田さんが声をかけてきた。

「あー、何か私こういうとこ来たの初めてで、正直よくわかんないけど、楽しかったです…」
「そっか、楽しんでくれたなら良かった。次も来てね」
「はい…」
「あの、原田さんが演ってたのって、誰の曲ですか?」

 リナが原田さんに尋ねた。

「あぁ、最初の曲はキャロル・キング、あとボニー・レイットとジャニス・ジョプリン、興味ある?セトリあげようか?」
「セトリ?」
「セットリスト、今日演った曲の一覧」
「あ、欲しいです」
「へぇ、リナこういうの興味あったんだ」

 はじめて知った。

「うん、昔私のお父さんが聴いてた曲な気がするから、ちゃんと聴いてみたくて」

 前に少しだけ聞いたことがある、リナのお父さんはリナがまだ小学生の頃に亡くなったらしい。

「リカ、どうだった?」

 いつの間にかそばに来ていた浅野さんが私の肩に腕を回して耳元で囁く。

「ちょっとやめてください!」

 浅野さんの腕を振り解いてリナの後ろに回る。

「リカちゃん私のライブは楽しかったって〜」
「おまえには聞いてねぇよ」
「…私洋楽全然わかんないから、こういうライブ観たのも本当に初めてだし、けど原田さんとこと、浅野さんのバンドは上手く言えないけど、良かったと思います…」

 私がそう言うと浅野さんは少し嬉しそうだった。

「原田のは余計だけどな、…おまえもうどっか行けよ」

 ニヤニヤしながら浅野さんを見ている原田さんを手で追い払おうとしている。

「はいはい、あ、リナちゃんだっけ、後でセトリ渡すねー」

 そう言って原田さんは私達の元を離れた。

「おまえら打ち上げ来る?」
「え、部員じゃなくても行っていいんですか?でも私もリナもまだお酒飲めないしやめときます。それに今日はリナの家に泊まるんで」
「オレんち泊まれよ」
「嫌ですよ…」

 またリナが隣で笑っている。笑ってないでたまには助けて欲しい…。

「浅野さん、聞いてもいいですか?」

 私の思いが通じたのか?さすがはリナ。

「…なに?」

 リナが自分から浅野さんに話し掛けたのは多分初めてで浅野さんも少し驚いている様子だ。

「バースデイの後に演った曲、誰の曲ですか?」
「あー、ジミヘン。ジミ・ヘンドリクスのファイア」
「アイ・フィール・ファインの後は?」
「…ロリー・ギャラガー、クレイドル・ロック」

 私には何一つわからない。

「リナちゃんセトリ、はいどうぞ」

 原田さんが戻って来て今日演奏した曲順を印刷した用紙をリナに渡した。

「ありがとうございます」

 受け取ったリナは本当に嬉しそうだ。…なのに、

「貸せ」

 浅野さんがそのリストをリナの手から奪い取る。…何なのこの人。

「原田、ペン」
「は?持ってないよ」
「チッ、使えねーな。ちょっと待っとけ」

 そう言って浅野さんは何処かへ行き、しばらくして戻ってきた。 

「…ほら」

 奪ったリストをリナに返す。
 開いて見ると原田さんの曲の横におそらく浅野さんが演ったと思われる曲が手書きで書き足されていた。

「ありがとうございます」

 それを見て、リナはさらに嬉しそうに笑った。


 リナと仲良くなってからはまだ3ヶ月程度だけど、リナのアパートが大学に近い事もあって、もうすでに何度も泊まっているので順調に勝手知ったる第二の我が家になりつつある。なのに、私は今日までリナがビートルズのCDを持っている事さえ知らなかった。

「ビートルズはね、お父さんが特に好きだったの、だから高校生の時に自分でCD買って今でもよく聴いてる」

 今日浅野さんが演ったビートルズの曲をリナがかけてくれる。あぁ、こんな曲だったような気がする…。
 真っ白なCDジャケットに『The Beatles』とだけ書かれた二枚組のCDを手に取ってみた。リナは原田さんがくれた曲順が書かれた紙を見ながら何やらケータイで調べている。リナ、楽しそうだな。
 …私は、初めてのライブはそれなりに楽しかったけど、なんだろう、心が揺さぶられるとかまでは無くて、やっぱりまだそんなに興味が湧かない。リナみたいにいろいろ知ってたり、聴いてみたりしたらもうちょっとくらい興味持てるのかな…。浅野さんの事も…。

「ねぇ、リナ、今日浅野さんが演ってた曲で最後の方のちょっとゆっくりした曲、何かわかる?…あれ、良かったな…」

「アンコール前かな、それなら多分、ドント・レット・ミー・ダウン」

 かけていたCDを途中で止めて別のCDをセットすると数曲飛ばして目当ての曲を再生してくれる。

「あ、そう、これだ…、これもビートルズなんだ」

 私が聴き入っているとリナは何故か嬉しそうだった。

「…何?」
「うん、リカがビートルズ真剣に聴いてるの、何か嬉しくて…。浅野さんに感謝だなぁ」

 自分の好きな物を私と共有出来るのが嬉しいのか、浅野さんはともかく、リナがこんなに喜んでくれるならいろいろ聴いてみてもいいかな…。



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