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自分と向き合う勇気|村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

何もなくなってしまったところからスタートする物語を、かたっぱしから読んでいる。自分にも今、何もなくなってしまったから。

仲良しグループ全員の苗字に色が入ってるのに、自分だけ色がないと劣等感を抱いている主人公・多崎つくる。

何もないって、駅が好きでそういう職業にまで就いてるじゃん!
とツッコミたくなるが、そんな自分も、何もないと思い込んでいるだけで、よく考えたら好きなものはちゃんとあって、楽しい時間だって過ごしているので、人のことは言えない。

結局のところ、人に向けて差し出せるものを、おれは何ひとつ持ち合わせていないのだろう。いや、そんなことを言えば、自分自身に向けて差し出せるものだって持ち合わせていないのかもしれない。

文庫本P141より引用

とさえ思っている多崎つくるが、前を向いて歩いていくために、死を考えたほどつらい過去と向き合うために、自分を捨てた親友たちのもとを訪ねる「巡礼」の話です。

相手を信じ、自分と向き合うこと

読んでいて思ったのは、年を取るにつれて、友達の付き合い方が変わっていくのは普通のことで(結婚・転勤など)、連絡頻度だって減っていく。
そうなっていっても、相手の好意は変わらないと信じていきたいなと。

あと、同じことを繰り返さない人生を送るためには、一度しっかり自分と向き合わないとだめだということと、その上で自信・勇気を取り戻すこと。

じゃあ自分も過去いろいろあった人に会いに行くのか?と考えると、
私の場合は、つくるくんほど深い関係ではなかったし、彼らと再会することで自信が戻ってくる可能性は低いなと思ったので、
まず「自信を取り戻すこと」を主軸において、自分の過去をぜんぶひっぱりだす「棚卸し」をしている。今のところは順調。また別の機会に書きます。

ここからはネタバレ注意

※ここからはネタバレしてるので未読の方はご注意ください。

小説や漫画を読んだ後や、RPGをプレイした後、キャラクター達の今後ってどうなるんだろう?と考えることが多い。それは自分が将来何をすればいいのか迷っていて、そのヒントや答えが欲しいから。

なぜかというと、私はバイトや転職時の志望動機がいまだに上手く書けなくて、だから志望動機の必要がない派遣社員歴が長い。

なので、アカ・アオ・シロ・クロの「その後」を知ることができて、そういう風に人生は変化していくのかと興味深かったし勉強になった。
一番なるほどと思ったのはアオでした。

アオと自分の共通点

会社で働くことがうまくできず、社員教育のセミナーを開くアオ。つくるが「社会に対する、君の個人的な復讐」と表現し、アオが「鋭いサーブだ。多崎つくるくんにアドヴァンテージ」と評していたけれど、
昔知人に「君は社会が敵だと思ってる」みたいなことを言われたことがある自分も、アカと同じ道を歩きかねない。

シロの心の不安定さがわかる気がする

シロは周りが望む「良い子」を演じ続けて、心が壊れてしまったのかなと思った。また、調和する関係を続けていくことで、時間を止めたかったんじゃないかなと。5人でいる時間が大切であると同時に、それ以外の時間が苦痛だったから。

しかし、歳をとるにつれ、進路を考える時期が来て、みんながバラバラになる。調和が崩れる。自分はまた新しい場所で、そこで望まれる「良い子」で居続けなければいけない。救いがない。

シロの取り乱しよう(レイプされたと話すくだり)は、もちろんレイプされたことへのショックはあるんだけど、それ以外に「周りをつなぎとめるために声を大きくする行為」だと思って、自分も過去にやったことがあるので、そのときの精神状態がかなり悪かったんだろうなと想像する。
5人組以外に味方がいないほどの窮地に立たされていたんじゃないかな…。

それを察知したクロのおかげで、いったんは心の平穏が保たれたけれど、彼女は自分で道を切り開こうという気持ちの強さや体力がなかったんじゃないかなと思う。だから周りに助けを求めるしかなかった。幸せにしてくれる白馬の王子を待つしかなかった。

もしかしたら妊娠した子を産み、育てることが、彼女の唯一の「自分で自分の未来を歩く」ための希望だったんじゃないか。
それが流産によって壊れてしまったので、死んでしまったのではないかと。


私は、ネガティブなことばかり話す人の周りに漂う独特のよどんだ空気を知ってる。それは中学生の同級生にいたし、数年前仲良かった人にもいた。
このまま一緒にいると、引っ張られるなと思い、縁を切るしかなかった人。
(しばらく励ましたりしてたけど、もう彼女らを救う術が残ってなかった)

シロに漂っていたのは、まさにそういう空気だったんじゃないか。
だから再会した人たちはみんな、シロが輝きを無くしてしまったと感じたんじゃないかなと。

いくつか考察ブログを読んで、「シロを殺したのは〇〇」という話を知ったんだけど、私はシロは自分で死んだんじゃないかなと思っている。
自分を取り戻すために死んだんじゃないかなと。「ダンス・ダンス・ダンス」にもそういうキャラクターがいたような…。

自分がシロと同じ道をたどらないためには、どうしたらいいか。
流産しても、あきらめず自分を持つこと、未来に進むことを諦めないようにする。かなぁ…というのが現段階での解釈。

つくるのクロへの想い・シロのつらさ

つくるが夢の中で交わるのはシロとクロがセットで、でも最後を迎えるのはシロだったという描写がある。
つくるは終盤で、クロが好きだったと告白する。
5人はお互いを異性として見ないようにすることで調和状態を保っていた。

これらを考えると、つくるはクロが好きな気持ちにブレーキをかけるために、最後を迎えるのはいつもシロだった?というところに辿りつく。

村上春樹作品では、無意識化でつながる(心の奥から深くつながるのメタファーと私は思ってます)表現が何度かでてくるので、シロはつくると無意識化でつながっ(て妊娠し)たんだけど、そこで「つくるが本当に好きなのはクロ」という事実を知ってしまったのかもしれない。
それに嫉妬して、つくるを追放したのかもしれない。

ただ、シロは性的なことへの嫌悪感が強いと書かれている。
それは過去にトラウマがあったんじゃないかと思う。とすると、親友とも呼べるつくるとつながったのに「つくるは自分を好きじゃない」と知ることは大きなショックだったかもしれない。

など考えると、どこまでもシロが気の毒すぎる。


いくつかある考察ブログの真実が本当だとするなら、沙羅はそれを知ったうえで、罰を与えるためにつくるを巡礼させたのかもしれない。
(沙羅はクロを好きだったつくるを本当に愛せるのか…?)

でも、つくる目線でみると、ずっと心の奥にしまいこんでいたクロへの想いを再認識し、想いを伝えあって、肯定しあって、別れることができたのは、とても大きな転機になったと思うし、それが未来に進むためには必要なことだったんじゃないかと思うと、ほろ苦いハッピーエンドだと思う。

アカ・アオ・クロに当時のことを肯定してもらって、何もなくなんてないと背中を押してもらえたことも、つくるにとって本当によかったと思うし、
そういう存在がいるだけで、人は前に進めるものなんだなと改めて思った。


※灰田・緑川の解釈、巡礼の年の解釈までたどり着けていない。たぶんまた数年後に読み返したときに、到達できるのかもしれません。
「ダンス・ダンス・ダンス」だって「そういうことか!」となるまで10年かかってる…苦笑

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