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余談:村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」ネタバレ感想文のようなもの

さきほど感想文を書いたのですが、
書ききれなかったことがあったので、余談として残します。

※こちらはネタバレ満載なので、未読の方はご注意ください。
 ネタバレしていない感想文は
ここで書いてます。よろしければどうぞ。

主人公の好きな場面・4つ

村上春樹作品の中で「ダンス・ダンス・ダンス」の主人公が一番好きです。
スマートさと、ちょっと茶目っ気があるところが。

①鏡の自分に「勇気が湧かない」

そして久し振りにじっと鏡の中の自分の顔を眺めた。大した発見はなかったし、別に勇気も湧いてこなかった。いつもの僕の顔だった。

文庫上巻・P91~92より引用

このシーンは、物ごとが思うように進まない中、気になる女性・ユミヨシさんと出会い、2人で会う約束をした後。身なりを整えて最後に鏡を見たときの感想です。

それまで少なからずワクワクしていたのに、自分の顔を見た瞬間、「彼女もまた僕のもとから去っていくに違いない」という不安がよぎったのかもしれません。

ただ、中盤以降の元気になってきた主人公は、たびたびユーモアに富んだ発言をします。「リラックスしたいから冗談を言う」(P221より)とも言っています。その片鱗が、初めて垣間見える場面なので好きです。

②好きな異性にぐいぐい行かない

ユミヨシさんを家まで送った際、主人公は家に上がるか迷っていました。
その時、彼女は「妹がいる」と告げたので、悩みは解消されることになる。
しかし別れ際、どうも彼女の様子が少しおかしい。

彼女は迷っていた。彼女は戸惑っていた。僕に上手くさよならを言えないのだ。僕にはそれが分かった。
僕は壁に手をついて彼女が何かを決心するのを待った。でもなかなか決心がつかなかった。
「おやすみ。妹さんによろしく」と僕は言った。

文庫上巻・P118より引用

この壁に手をつく所作が、なんでか分からないのですがとても好きです。
しかもそのあと、ユミヨシさんが「妹がいるのはウソ」と告白すると、さらりと「知ってるよ」と答えるんですよ。かっこいい。
知ってる上でユミヨシさんの家にあがらないところもまた素敵です。
タクシー運転手は引いてたけど。

③僕はまだおじさんじゃない

ユキと同じ飛行機で東京に帰ってほしいと、ユミヨシさんに頼まれる主人公。ユミヨシさんは「このおじさんは私の友達だから」とユキを安心させるために言うのですが、主人公は大きなショックを受けます。

「おじさん」と僕は唖然として言った。「僕はまだおじさんじゃない。まだ三十四だ。おじさんはひどい」
でも誰も僕の言うことなんか聞いていなかった。(中略)僕は自分のバッグを持ってその後を追った。おじさん、と僕は思った。ひどい。

文庫上巻・P224より引用

最後の「ひどい」を読んだとき、率直に可愛いと思ってしまった。
そうだよね、34歳はまだおじさんじゃないよね…。

④「当たり前のことだ」

村上春樹さんは圏点(強調させるために文字の上につけられる点々のこと)の使い方がうまいんです。
彼の作品は全体的に静かで、声を荒げるようなシーンは少ないです。だからこそ急に圏点が使われるとドキッとするのですが、なんていうか主人公の感情とリンクする感覚にもなります。

ユキと母・アメの気持ちに致命的なすれ違いがあり、どう頑張ってもわかりあえない。主人公の前で、ユキが初めて涙を見せます。

当たり前だよ、と僕は思った。僕だって君の立場なら泣く。当たり前のことだ。
僕は彼女の肩を抱いて泣きたいだけ泣かせた。

文庫下巻・P103より引用

「当たり前だよ」のところに圏点がついています。「当たり前のことだ」にも。主人公は本当に、ユキの両親に対して、とても怒ったからです。

でも世の中にはそういう、どう頑張っても無理なことがたくさんあります。
主人公はたくさん経験してきました。
そこで得た教訓は「成長するしかない」「ある程度頑張ったら、あとは運」「酒を飲む」だったのかもしれません。
正義だけでは生きていけない、つらい。

確かめて封印していくこと

全てが終わった後、主人公はユミヨシさんを求めます。体の部位一つ一つを確かめ、キスをして封印していき、「現実だ」と実感します。

キキが導き、ヒントを出した6人の白骨。
自分と関わり、死んでしまった5人と、主人公の身代わりとなった羊男。
彼らの死によって、羊男が警告していた「こっちの世界に住む」可能性が無くなった。あっちの世界=現実世界で生きることを選んだ。

そして新しい人生を歩いていくためには、「自分がここにいる」と実感することが必要でした。

主人公がユキの母親に、「(ユキには)まず自分を全的に受け入れてくれる世界」が必要だと言います。無条件に抱きしめてくれる場所、安心できる場所があることを実感できて、はじめて人は前を向いて歩ける。

大切な人達と別れ、ゼロになった主人公にとっても、安心できる場所が必要で、それはユミヨシさんでした。だから強く求めたのではと思います。
(ユキも再スタート切ったので、おそらくなかなか会えなくなるし)


確かめて封印していく行為。
私にとっては文章に書くことがそれにあたります。
整理するために文章を書き、それを客観的に読み、「なるほど、こう考えていたのか」と自分の中に染みこませていく。
それを数年前まで行ってきました。

ここ数年は文章にすることを避けてきました。
今の自分を確かめるのが怖かったのかもしれません。
でも、自分を再構築し、「ダンス・ダンス・ダンス」の主人公のように「新しいサイクル」を始めるために、確かめて封印していくことが必要な気がしたんです。

合ってるかもしれないし、間違っているかもしれない。
でも、「踊り続けなければならない」なら、今できることはこれくらいしか思いつかないのです。あとは「その時」を待つだけ。

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