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思い出はサイダーのように
登場人物
中本悠実(ユウミ):主人公
××(君):ユウミの親友
あれはいつのことだろう。でも、とても暑い日だった。セーラー服を着ていた君は、自転車を楽しそうにこいでいたっけ。
「××、待ってよ!」
「ユウミが遅いんだよー!もっと速く!!」
私も必死に自転車をこぐけど、結局君には追いつけなかった。
「てかどこに連れて行く気?今日塾なんだけど!」
「そんなん休んじゃいなよ!青春は一度きりだよ?」
訳のわからないことをまた言っている。
「私テストやばかったんだけど!」
「いいじゃんそんなの!次のテストまでまだ4ヶ月くらいあるんだし!」
ああ君はいつもそうだった。いつも君はこうと決めたら何を言っても聞かなかった。
全く、とあきらめながら一生懸命私は君の後を追った。
しばらく自転車をこいでやっとついた先は、海だった。君は相変わらず元気そうだったけど、私はもう疲れ切っていた。
「ユウミめちゃくちゃ疲れてんじゃん」
「紛れもなく××のせいなんだけど」
「それはごめんね」
絶対ごめんねとか思ってないでしょ。そう言いたいのを押さえて、「別にいいけど」とだけ吐き捨てるように言った。
「まあまあ。なんかおごるからさ」
「てかそれくらいしてもらわないと。めちゃくちゃ自転車こいだんだし」
「あはっ。確か向こうに海の家あったよ。焼きそばでもおごってあげる」
「焼きそば好き」
「じゃあ決まり!いこ!」
そう言って君は歩き出す。革靴で砂浜を歩くのは大変なはずなのに、君は慣れているのかすたすた歩いて行く。
「ちょ、待ってってば」
「ん?」
「私そんな風に歩けないよ」
「疲れちゃってるから?」
「それもそうだけど」
「じゃあ、はい」
君はそう言って私に手を差し出した。
「えっ?」
「引っ張ってってあげる」
なんか海で手をつなぐなんて・・・恋人じゃないんだから。
そう思ったけれど、私は無意識のうちに君の手を握っていた。
「ユウミ手熱いね」
「××が冷たいんだよ」
「でも手冷たい人は心が温かいんだよ?」
「そんなの迷信だよ」
「ひどっ!傷ついたわー!」
「はいはい」
手をつないで恥ずかしいはずなのに、会話だけはいつもと変わらなかった。
海の家にいざ着いた。君は私の手を握ったまま、お兄さんに
「焼きそばください!」
しかし返ってきた言葉は、
「ごめんねー。やきそばさっき売れちゃったんだよー」
「えー?!」
「10分くらい前にお客さんが買ってたので最後だったんだー。ごめんねー」
まさかの売り切れとは・・・・・・。
「そんなぁ・・・」
君はあからさまに肩を下げた。
「ま、まあ・・・仕方ないよ。また今度にしよ?」
そう話す私たちの姿を見たお兄さんは、
「お詫びと言っちゃ何だけど、これ」
と、クーラーボックスからラムネを2本取り出した。
「えっ?これくれるんですか?!」
「今回はこれで勘弁してくれる?特別にタダでいいからさ!」
お兄さんどんだけ心が広いんだろう。
「ありがとうございます!!」
お兄さんは「はいはーい」と笑って私たちにラムネを差し出す。私たちはそれを受け取って満足げに海の家を出た。
本当に暑くて、靴の上からでも砂浜の暑さが伝わってくる。
「じゃあここにすわろ!」
海岸の上のアスファルトに腰掛けた君は、そう私に座るよう促した。
「はいはい」
「それにしてもいい人だったね!ラムネもらっちった!」
「焼きそばも食べたかったけどね」
「じゃあ今度ペヤングおごる!」
「もういいよそれは」
笑いながら私はラムネを開けた。ポンと音を立てて栓の役目を果たすビー玉がラムネの中へと落ちていった。
「じゃあ私も!」
同じように君もラムネを開ける。
「後でビー玉取り出して遊ぼうね!」
「子供か!」
「いいじゃーん!童心に返るのも大事!」
そう言って君はラムネをごくごくと飲み始めた。
「何それ」
そう言いながらも私は同じようにラムネを飲む。渇いたのどに炭酸の刺激が痛い。でもそれと同時に爽やかな甘さが口いっぱいに広がった。
「おいしい!やっぱ夏はラムネだねー!!」
「ほんとにね。おいしすぎ」
「ユウミは炭酸飲めないけどラムネだけは飲めるもんね!」
「失礼しちゃうな。ラムネはおいしいでしょ!」
「違いないね。てかユウミと飲むからおいしいんだな!」
そう笑う君は、どうしてそんな恥ずかしい台詞をさらりと言ってしまうんだろう。何か言い返そうかと思ったけど、私は
「そうかもね」
と同意することしかできなかった。
*
君は今どうしているんだろう。どこにいるんだろう。何をしようとも、思い出の海に来ようとも、その答えが出ることはなかった。あの日からもう何十年も経つのに、私の心はまだセーラー服を着られる年齢のままだ。最後に君を見たのもこの海だった。私の手をすり抜けて、君は・・・。いや、もう思い出さないようにしよう。涙が出てくるから。
私は泣く代わりにそっとサイダーを飲んだ。シュワシュワという炭酸の刺激が心地いい。そして、君とサイダーを飲んだ思い出がよみがえる。
サイダーのように、儚く美しい、私と××の思い出。
《了》
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