エッセイ 4月17日

 こんばんは。のつもりで書いてたら朝です。
 おはようございます。山野莉緒です。

 ネモフィーラ、読んでくださって本当にうれしいです。ありがとうございます。半年間の思いが少し報われました。
 改めてお礼を言う機会がなかったのですが、過去の作品についても、興味を持って読んでくださった方と、読み返してくださった方といらっしゃって、ありがとうございます。
 彼らずっとここにいるので、またいつでも会いに来てください。

 今日から少しずつ、過去に書いた短い話をnoteに再掲していきます。少し手直ししてます。締切がないといくらでも書き直してしまうのが、ひとりになって一番困ってるところです。
 脚本でも小説でもどこかに絶対、現実の出来事が範囲されていると思うので、わざわざ公言しなくてもいいとは思っているんですけど、一応、あからさまなものはエッセイとしておきます。日記と呼べるほどには自分に正直でもないです。
 まぁなんかあの「みじけえ読み物」と思ってください。眠れなくてTwitter開いたけど誰も起きてなくてTLが全然更新されない時とかに、読んでいただけたらうれしいです。



 4月17日の話をします。



 意識してたわけじゃない。
 お風呂から上がって冷凍庫のアイスをうきうき取り出し、YouTubeでも見ながら食べようとスマホを開くと、通知が目に入った。1年単位の繰り返し設定なんて、わざわざ思い出して消しておけるはずもない。

 "浩介 誕生日"

 文字列をタップして立ち上がるカレンダーを眺めながら、カップから剥ぎ取った丸い蓋をなんとなく畳む。考え事をしている時の手癖がひどいので煙草を吸っているのだと思う。

 いくつになったのだろう。曖昧になっていることに気がつくと、この薄い胸は律儀に軋んでみせた。引きずってないのにやめてほしい。年の差は七だったか、八だったか。もっと遠い記憶の彼らについては明確なので申し訳なかったけれど、出会った頃の学年を覚えているだけだとわかると、また胸に鈍い痛みが走った。確かなのは、年上ということだけ。ただそれすら、互いを知るにつれ些末なことになっていった。深い知識と寛大な心に抱かれながら、臆病で傷つきやすい彼を抱きしめていた。
 チョコミントの爽やかな香りが鼻に広がる。ひんやりと冷たい液体が喉を伝って、固いチョコレートの粒が舌の上に残った。
 初めての彼氏の誕生日は3月14日、ホワイトデーだったからものさしにならない。次の彼とは、どちらの誕生日も来ないまま別れの日が来て覚えていない。次の彼は7月半ば。お祝いをしたからストーリーを見返せば日にちもわかるだろうけれど、その気はない。そして彼。今日だったのか。
 ”だった”なんて。まさに今、その生を祝福され、限りない愛情を贈られているかもしれないのに。べつにそうあるべきだし。

 誕生日なんて、他人にとってはただの平日と、あたしンちの中でしみちゃんが言っていた。当時小学生、一年で一番幸せな日といえば誕生日だった私にとってそれは強烈な台詞だったけれど、老いに喜びを感じなくなった今、しみじみと共感する。しみちゃんだけに。もう死んだほうがいいな。
 たとえ今、誰からどんな扱いを受けていようとも、私たちが生まれたその日は、そこに生きる人たちにとって、確かに素晴らしい日だったはず。長く生きていると、そんなことまで忘れてしまうのかもしれない。
 母校で野球部の顧問をしていた彼。今年からついに監督だと、Facebookか何かで知った。両親が好きだった野球選手から名づけられたと聞いている。すべて、その日に授かったのだ。何度も呼んだ名前、過ごした時間、出会い、そして別れる人生も、すべては二十数年前の今日、彼がこの世に生を授かったから。

 波間を漂うようだった意識が、ふっと浮上する。
 連絡なんてすべきじゃない。こんなめでたい日に、私を思い出す時間なんて、あってはもったいない。予定をタップし、削除を選択すると、画面に選択肢が浮かび上がる。

 全ての予定・この予定のみ・この先の予定

 ああそう、嫌な言い方。もう一度液晶に触れると、カレンダーから"浩介 誕生日"が音もなく消えた。わたしの世界に、そんな日はもう二度と来ない。今日はただの平日、金曜日。
 ただの平日をやり過ごすのに、いちいちこんな気持ちになっていたらきりがない。画面を切り替える。トップページに現れた動画を縋るように開くと、バカリズムがネタを始めた。これ、一緒に見たな。閲覧履歴が正しくわたしを追い詰める。

 いつ、ただの平日になるだろう。その日が来ても、わたしは気づくことができない。慌ただしい朝がやって来て、人混みに揉まれ心をすり減らし、感慨もなくスマホを眺めているうちに、その日は終わる。何でもない一日だけど、きっとわたしなりの喜びと悲しみがあって、喪失感を抱く隙はない。そこに穴が開いていることを忘れて。何を忘れたのかも忘れて。
 まだ彼を覚えているわたしには、それが悲しいことのように思えるから、こうして書き留めていたのだろう。しかし、わざわざ思い出してまでこんなことを憂う羽目になるとは。
 記憶は思い通りにならない。記憶に蹂躙されて、この心も思い通りにはならない。予定を消したことすら忘れ去るまで、わたしにとって、今日は彼の誕生日。だからって、別にどうというわけじゃない。ただ、何でもなくはないというだけ。落としどころが見つからないと不安になるのは、悪癖だ。
 毎日誰かが生まれ、誰かが死に、世界にとっては日々なんて、いい日でも悪い日でもなさそう。ただ今日は、彼にとってだけはいい日であるといい。わたしがそう思うことを忘れてもずっと。
 お誕生日おめでとう。いい人生でありますように。

 残り二口分くらいあったはずのアイスが、すっかり溶けきっている。液体になると嵩が少なく見えるのか、未練は感じなかった。
 わたしも彼もチョコミントが好きだった。今の彼は苦手だ。こんなこと、いつまで覚えていなきゃいけないんだろう。手放したいと思っていることがさみしい。ため息のあとに吸った空気は、喉の奥をひやりとさせた。

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