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脚本 ネモフィーラ

 こんばんは。

 昨年公演中止となり、上演が叶わなかった「ネモフィーラ」を公開します。

 ご予約をいただいておりました皆様にはご迷惑とご心配をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。団体はこのことをもって解散となりました。再演の予定はありません。
 わたしとしてはやっぱりやりたかったです。一生懸命書きました。今伝えたい全部です。でも一番伝えたかった人にはもう会えません。役者がいなきゃ不完全なお話ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


 うれしいことも楽しいこともいっぱいあった、悲しいことや辛いことよりそっちに目を向けようよって言ってくれたのはあなただった、だから全部ちゃんと覚えててそのせいで今すごく悲しい。

 公演であればパンフレットにご挨拶を書かせていただきますが、今回はあとがきを残します。

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2022年1月7日 追記

 1年経って上演が叶いました。
 やりましょうよって言ってくれた、まやちゃん、ジョニーくんありがとう。莉緒さん大丈夫ですよ、できますよって何回も励ましてくれてありがとう。トギちゃん、あおいちゃん、松井くん、相沢くん、私がなんで泣いてるか知らないはずなのに、優しくしてくれてありがとう。
 莉緒さんの大事な台本、大事な劇って言ってくれて本当にうれしかったです。最高の思い出です。
 みんな大好き。

 映像はこちらで販売しています。


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バッドエンドのその先で、わたしは浅く息をする。
ここにはもう、誰もいない。

現実の会話に台本はないし、
この先の展開は誰も知らない。
本当の気持ちを知ることなんてできないし、
見えないところでどんな顔してたかなんて、
この先ずっとわからないまま。

だから話がしたかった。


「ネモフィーラ」  山野莉緒


【登場人物】
清瀬 涼香(きよせ すずか)
田村 麻優(たむら まゆ)
津田 孝浩(つだ たかひろ)
大野 千春(おおの ちはる)
佐久間 史織(さくま しおり)



陽が落ちた池袋西口の公園。スーツに紙袋をひとつ提げた津田がふらりと現れ、煙草をくわえる。ライターをこすろうとしたとき、どこからか声がする。

涼香 「禁煙」

津田、ぎょっとして煙草を落とし辺りを見回す。滑り台の降り口に涼香が蹲っている。

津田 「わっ」
涼香 「うるさいな。静かにして」

間。
津田、落とした煙草を拾う。

涼香 「動かないで」
津田 「は?」

間。

涼香 「風が立つでしょ。あんた臭いんだよ」
津田 「……はぁ?」
涼香 「その袋もガサガサうるさい」

津田、音を立てて袋を見やる。

涼香 「あーもう。だから」

涼香、初めて顔を上げ、津田を見てはっとする。すぐにまた俯いたかと思うと、膝に載せたノートへ一心不乱に何かを書きつけている。津田、気味悪そうに一瞥し立ち去ろうとする。

涼香 「ちょっと、動かないでってば!」
津田 「なんなんだよ」
涼香 「煙草、さっさと吸って」
津田 「禁煙なんでしょ」
涼香 「それもうやめたから。早く」
津田 「あ?」

間。
津田、身体をそらし、落とした煙草を軽く拭って口に運ぶ。ガリガリと突き立てられるペンの音と、煙を吐く息遣いだけがする。やがて短くなった煙草を津田が靴裏で踏みつけたとき、涼香もちょうど顔を上げる。

涼香 「ポイ捨て禁止」

津田、涼香を睨む。

涼香 「これはほんと」
津田 「ふぅん」
涼香 「落ちてると厳しくなるよ」

涼香、傍らに置いていた缶コーヒーをあおり津田と自分の間に置く。それを見た彼は大人しく吸殻を拾い上げ、缶の飲み口に差し込む。

涼香 「一本ちょうだい」
津田 「は?」
涼香 「は? ケチ」
津田 「いやおまえ」
涼香 「……は? 二十五だけど」
津田 「まじか」

津田、涼香に煙草を差し出し、自分も二本目に火をつける。

涼香 「赤マルかぁ」
津田 「文句言うなよ」
涼香 「臭いと思ったら」
津田 「うるせぇな」
涼香 「それと混ざって、すごい変な匂い」

涼香、紙袋を顎で指す。

津田 「そんな匂うか? これ」
涼香 「まあ、おかげでいいのが書けたけどね」

涼香、満足そうにノートを眺める。手元を覗き込みにやって来た津田は、顔をしかめる。

津田 「なんだそれ」
涼香 「お歌作ってんの」
津田 「歌? 楽譜か」
涼香 「そ」
津田 「スケッチでもしてんのかと思ったわ」
涼香 「お兄さん見て、ちょっとね」
津田 「インスピレーションってやつ?」
涼香 「まあ」
津田 「ふーん。でもやるなら昼間にしとけば」
涼香 「なんで?」
津田 「なんでって」

間。

涼香 「二十五だけど」
津田 「悪かったって」
涼香 「昼間は子どもがうるさくてさ」
津田 「池袋に子どもなんかいるか?」
涼香 「池袋にも人は暮らしてるよ。どこにでも生活があって、そこにドラマがあんの」
津田 「らしいこと言うじゃん。おまえ、売れてんの?」
涼香 「見てわかんないってことはまだまだなんじゃない」
津田 「じゃあ、あれか。西口の花壇んとこにいるようなやつか」
涼香 「ああ」
津田 「よくやるよな」
涼香 「誰も聞いてないのに?」
津田 「いや」
涼香 「ひどーい」
津田 「ごめんて。すげーよなって」
涼香 「あっそ」
津田 「なあ、ごめんて。わりとまじですげーって。それも歌うの?」
涼香 「ううん。この曲は他人にあげるの」
津田 「あげるって、他のやつが歌うってこと?」
涼香 「うん」
津田 「へー。もったいなくね?」
涼香 「何が?」
津田 「だっておまえが書いたんだから、おまえの才能じゃん。そんでそいつがめちゃくちゃ売れちゃったら悔しくね?」
涼香 「そうかな」
津田 「そういうの興味ねーの」
涼香 「ないね」
津田 「あっそ。なんか、目立ちたいもんだと思ってたわ」
涼香 「曲が目立ってくれればいいよ。私以外が歌う方が、たくさんの人に聞いてもらえるならそれで」
津田 「なるほどね。それはそれで、そいつがかわいそうな気するけど」
涼香 「かわいそう?」
津田 「いや、本当は才能ないくせに売れちゃったら困るじゃん。いざ一人でステージ上がったら、めちゃくちゃ場違いかもよ」
涼香 「やりたがってんだし、やらせてあげればいいんじゃない」
津田 「んな甘くないでしょ。やりたいかどうかよりは、できるかどうかじゃね」
涼香 「厳しいこと言うね」
津田 「んー、ま、世の中はさ」
涼香 「その世の中の大半は、やりたいことなんか何にもない人たちだけどね。それが一生懸命やってる人に向かって、好き勝手言いやがってさ」
津田 「おまえも、なかなかなこと言ってんぞ」
涼香 「私もそうだし、ただの自虐」
津田 「おれにもちょっとグサッと来たって」
涼香 「お兄さんは、やりたいことないの?」
津田 「もうないね」
涼香 「そう」
津田 「あー、だからおれらみたいなやつらが、客席からやいやい言って、誰をステージに上げるか決めてるわけだ」
涼香 「そうだね」
津田 「あー。まあほんとにやりたいんならそういうやつは、できるようになるまで努力するんじゃないの」
涼香 「だったらやっぱり才能より努力じゃん。本気で好きで、続けられるかどうかでしょ」
津田 「えー? あー。でも努力が報われるとは限らないだろ」
涼香 「まぁね」
津田 「できあがったもん見て、それが才能でできてようが努力でできてようが、わかんねーし。下手の横好きが一回成功するまでに、天才は十回成功できるってことだよ」
涼香 「ふぅん」

間。
涼香、空き缶に吸殻を放り込むと立ち上がる。

涼香 「これ捨てといて」
津田 「どこ行くんだよ」
涼香 「帰る」
津田 「ああ。気をつけて帰れよ」
涼香 「お兄さんもね。お持ち帰りされちゃだめだよー」
津田 「されねぇわ」

津田、涼香の後ろ姿が闇に溶けるまで見送る。しばらくして煙草が燃え尽きると、それを捨てた缶ごとゴミ箱に放って、公園を出ていった。

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