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No.427 批判しそうなときは視野を広げてみる

多方面、炎上している。いつもどこかで何かが炎上している。批判する人がものすごくたくさんいるから炎上する。

炎上している物事を見ると、「たしかにひどいな」と思うし、怒りや悲しみがわいてくることもある。批判したくもなる。でも、ちょっと待ってほしいと思う。強い言葉をぶつける前に、考えてほしいことがある。

炎上している物事は一部分でしかなくて、もっと視野を広げてみると、気づきがあるかもしれないってことを。


とある不倫のニュースがワイドショーで取り上げられて、おぎやはぎの小木さんの発言がひどいと炎上しているらしい。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200220-00010005-jisin-ent

私はこの番組を流し見していた。小木さんがそんなことを言ったような言ってないような、あんまりちゃんと聞いてなかったけど、「言ったかもなぁ」とは思った。それは小木さんの人柄とか性格とか芸風ではなくて、番組のポジション上の話という意味で。

このワイドショーは「生トークホンネバラエティ」で、世の中の出来事をそれぞれの芸能人が自分の意見を言う番組。週替わりでレギュラーがいて、必ず芸人さんがいる。

一応は“ホンネ”だし、もちろんご自身の本音をしっかりと主張する人もいる。ときどきびっくりするくらい極端な意見の方もいる。でも、みんな同じことを言って、意見が偏りすぎるとバランスが悪くなる。

そのバランスを取ってくれるのがそれぞれの週の芸人さんの役割なのかなと思う。ゲストやレギュラーやパネラーの意見を聞いてから、最後に芸人さんの意見を聞いて、どれでもない意見を言って、芸人というポジションとして笑いを取ってオチにする、という形式が多いように感じる。

小木さんの該当発言はちゃんと聞いてなかったけど、不倫のニュースの中で夫婦は離婚するかどうかみたいなこともいろんな人に聞いていた。

とある人は「五分五分」と答えて、別の人は「離婚しない」と答えて、最後に振られた小木さんは「離婚する」と答えたんだよね。専門家気取りっぽく言いながら「ま、俺の意見なんですけどね」と肩すかしさせるみたいな笑いも取り入れながら。バランス取ってるだけなんじゃないかな、と思う。

と、私が思ったのも、小木さんが別のバラエティ番組で件のワイドショーのことを話してて、「違うこと言わなきゃいけないじゃない」みたいなことを言ってたような気がするんだよね。だからこそ、何かの話題で「自分が結局何を言ってるのかよくわからなくなった」という経験を語ってもいて。

共演者の人にも言われていたけれど、「自分の意見を言えば良いんですよ!」と私も思った。でも、まあだからこそ全く自分の意見ではないってこともないけど、それよりは「別の意見を言おう」という意識があるのかなと、バランスを取ろうとしてるのかなと感じたわけで。

それに、世の中のこと全てに関心があるわけではないよね。興味があることもあれば、どうでもいいこともある。情報の受け手だったら、興味のないネットニュースは読まなければ良いし、テレビならチャンネルを変えれば良い。

でも、出演者側としては「どうでもいい」と思っていてもそれは言えないわけで。番組の趣旨を理解して、ポジションでバランスを取って自分のキャラを貫いてちゃんと仕事してるだけだと思うんだけどな。

小木さんが発言した内容はたしかにそこだけ見ると「ひどい」とか「最低」とか思っちゃうのもわからなくはないけど、番組の構成とか小木さんの番組的立場とかもう少し視野を広げると、発言した経緯もわからなくはないな、と私は思っちゃった。

あ、でも不倫は最低だってのは私も思うよ。


感情的になって批判したくなる気持ちもわかるよ。私だってかーっと頭に血が上ることあるもん。そこで感情的な言葉を相手にぶつけることはほとんどしないけど、心の中でたくさん思うことはあるよ。ひどい言葉をね。

そんなときに「視野を広げよう」としてみたけど、感情が先に走っちゃって無理。どうしたって「相手がひどい」「私は怒ってる」と感情的になってしまう。だから、批判をぶつけたくなる気持ちはとってもわかる。

だから、理路整然と冷静に批判できる人ってすごい。感情じゃなくて意見として議論できるから。議論できた方が、いろんなことが前に進む気もするし。まあ批判するのが目的だったら、議論なんてどうでもいいのかもしれないけど。


炎上して新事実が見つかると、私たちはそれを「隠されていた真相だ!」と思い込む。今まで見ていたのは一部分だったんだと。でも、その新事実とやらもまた一部分でしかないんだよね。全体像なんてたぶんわからない。

だから私たちはいろんな事実に対して、また新たな事実が判明したときにも、それを全てとは思わないで「一部分かもしれない」という気持ちを持って、視野を広げてみることが大切なのだと思う。

で、強い言葉を言ってしまったときや、誰かを傷つけてしまったとき、自分が間違ってしまったときは「ごめんなさい」ってちゃんと謝ろう。

自分の間違いを認められず「でも」と言いたくなる気持ちはわかる。誰だって自分を守りたくなるし、それは本能だし。でも、間違いに気づいて考えを改めれば、たぶんもっと視野は広がるし同じ失敗はしない。

人を諭すように書いたけど、自分に対しての戒めとしてもね、心がけておきたい。


2020年2月20日(木)


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