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第20回 第二章 (『ノラら』堀戸から見た世界 ) ~孤独と呼び伏せるのは傲慢な気もした~

『ノラら』
第二章:堀戸から見た世界
第二十回



「グォーン」


そこへ突然
銅鑼(どら)のような体鳴音が
辺りに響動(どよめ)き、
観客達の心臓をあまねく驚かせた。
その重鎮級の音は、
間髪入れず三度に渡って鳴り響き、
僕らの生身を捌(さば)き続けた。

三度目に鳴り響いた銅鑼の音と同時に、
蜂に集(たか)られた巨大な球が
風船のように破け、
その破片たちは
竜巻を横向きにしたような形で
渦巻きながら
前方のステージ上へと吸い込まれていった。

渦はステージ上で五つに分れると、
ピールの五人達の下腹部から
吸い込まれて行き、消えてしまった。

その間、
ピールは一時停止でもしたかのように、
ぴたりと止まって動かない。


そういえば両サイドに居た巨大なゴリラが
居なくなっている。
蜂の球に気を取られて、
ステージ上を全く見ていなかったので
気付かなかった。
銅鑼の強烈な音に放心していた時に
前方で何か起こっていたのかもしれない。

そんなことを考えていると、
紗英さんの居る方に
なにかがいる気配がした。
素直にそちらを振り向くと、
不可思議そうな顔で
前方ステージを見続ける紗英さんの背後で
ピールの五人が中央ステージの真ん中から、
会場の観客に向って
手を振っているのが見えた。
さっきまで白い球が
鎮座していたその場所で、
ピールはまるで
アイドルがそうするかのように、
満面の笑顔を会場中に振り撒いている。

僕の視線に気付いた紗英さんも
そちらを振り向くと、
そのまま静かな後ろ姿を僕に向けて
静止してしまった。
きっとさっきと同じような
不可解そうな表情を浮かべて、
いつものピールらしからぬ振る舞いに
見入っているのだろう。


僕も再び手を振るピール達に焦点を戻した。
なんだかピール達の身体が
僅かだが透けているように見える。
具体的に体を透かして向こうの風景が
見えているわけではないのだが、
物質としての密度が
薄いという印象を受ける。

頭上で振る手や
不自然なほどに
エッジの効いた笑顔を作る顔面が、
僕らのそれより
発光しているように見えるのだ。

照明か何かが肌に干渉して
そう見えるんじゃないかと言われれば
特に反論もなく納得してしまいそうだが、
この違和は、
普段のピールらしからぬ振る舞いだけに
起因するとも思い切れなかった。
中央ステージにも存在するピール達に
気付いた観客が、
彼らに向って徐々に歓声らしきものを上げて
手を振り返し始めた。

そこへ次の曲の
イントロらしきものが鳴り始めると、
中央ステージにいたピール達は
前方のステージへと駆け出していった。
前方のステージ上には
相変わらず微動だにしないピールが
スポットライトを浴びながら
突っ立っている。
やはりこちらは
ホログラムか何かで出現させた
模写だったようだ。

前方ステージに到着したピール達は、
自分達を模したホログラム調の背中側から
各々被さっていき、
その恰好と同じポーズをして
身体の輪郭を合わせると、
そのままピタっと静止した。
その一瞬の静止と同時に、
彼らの手中に演奏機材が出現していた。


宇宙的な何かを連想させる
深沈とした
アンビエンスなイントロが続く中、
向かって左に立っているデリが、
突如ドラムをヒットし始めた。
彼の目の前のドラムは、
電子ドラムから
生のドラムセットに変わっていた。
ハイハットのタイトなビートが
漸くイントロに衝動を仕掛ける。
続いてデリの右隣に立っている
ベース担当のミツルが、
デリのビートの問いかけに返答しはじめる。
安直に抱え持ったミツルの四弦ベースは、
徐々に彼の長い髪に激しく絡まりながら、
音の底を掻き鳴らしてゆく。

ドラムンベースにも似た
彼らの超人技に没我する。

ステージの右端では、四方を
ハードシンセや
仮想シンセの山に取り囲まれたナカジマが、
コンピューティングなサウンドを
奏で始める。
高速BPMに乗って、
分厚いシンセのグルーヴが、
会場中を威風堂々練り歩く。

ギター担当の〼が、
重低音の隙間を縫うように
パワーコードで歯切れよく
ストラミングし始める。
その辺りから、
曲全体にかかっていた
錘(おもり)のようなものが
外れたかのように
音の浮上力が増していった。


地上から離れ始めた音の連なりは、
いつしかテンポを放棄して
シャンシャンと鳴り響く鈴の音とともに
天井を突き抜け宇宙へ散っていく。


ここへ来て、
ずっとステージのど真ん中に居ながらも
その存在を忽然と消し去っていたナギィに
スポットライトが当たった。
彼のぶら下がった右手には
トランペットが握られている。
今までライブで
トランペットを演奏するナギィなど
見たことが無い。
この曲ではボーカルのパートが
存在しないということか。


満を持して、
曲調が煌(きら)びやかさを増していき、
足踏みをしながらサビの投入を待ち侘びる。
するとナギィは
トランペットをおもむろに構えて、
響きに長けた屈強な音色を
悠々と奏で始めた。
爆発的に気持ちのいい伸びやかな音に、
僕の心は自然
物事のエンディングを飾るような
夕日を思い描いた。

包容力のある芯の通ったナギィの演奏が、
ここのパートは
トランペット以外考えられないと思わせる。
それぐらいに、彼の演奏は
会場中の次元を易々と変容させてしまった。


開放感で満たされた空間で、
僕の隣にいる紗英さんだけが、
トランペットに酔いしれるでもなく、
相変わらず無感動な表情を浮かべて
ステージの方を眺めていた。
周囲の盛り上がりようとは
一線を画す冷めっぷりだ。

僕はその熱狂と
超然の狭間に囚われてしまい、
このどちらの態度が正解なのだろうと、
無駄な正誤判断の遂行に陥りかけた。
感動している割に、
この場所に
没入しきれずに居る自分を自覚して
妙に心細くなった。


そんなことを感じた途端、
急に目に入って来る光の量が多くなり、
視界が鮮明さを増した。
視線の先にあるステージ上と
その周囲が変にきらきらして見えた。
いつもの日常から逸脱した
ライブ会場の雰囲気にテンションが
ハイになっているのかもしれない。

今この目に映る光景が
僕にしか見えていないのは、
孤独な気がして、
やっぱりまた心細くなった。
と同時に、
それを孤独と呼び伏せるのは
傲慢な気もした。



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