見出し画像

妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません! 第18話

←前(第17話)へ   ★           マガジン


第18話 「妹 VS 彼女候補」

 麻衣が俺を避けて離れるようになった。

 あいつは元々感情の起伏が激しいので、ある一定期間俺の事を完全拒否するのは仕方がない。これはもう反抗期再来と諦めている。

 ベネット骨折から6週間ピンニングしたまま、その後2ヶ月間外来でのリハビリを行い、麻衣は再び羽球が出来る身体へと復活した。
 元々利き腕とは逆の骨折だったので、ラケットを握る分には不便はないものの、切り返しはかなり甘い。多分体重が乗らないのだろう。
 以前のように上手く動けない自分に対して苛々した麻衣は、キッチンの壁に八つ当たりする事が増えた。
 麻衣が俺を避けるのだから、邪魔者なき今、栞と仲良くすればいいのに、気持ちは何故か空っぽの日々が続いた。
 荒れている麻衣の悲しそうな後ろ姿を思い出し、ぼーっとしていると友人の雄介から背中を叩かれた。

「よぉ! 何また暗い顔してんだ忍?」

「麻衣が俺の事完全無視するんだよ……」

 雄介と弘樹が顔を見合わせて首を傾げている。

「忍の事だから、また妹チャンの地雷踏んだんだろ?」

 麻衣の地雷はさっぱり分からない。突然笑ったと思えば次の瞬間不貞腐れたり、避けたり、照れたり。かと言って無言で邪魔してきたり。考える程、俺は自分の妹の事を何も知らない。

「はぁ~……ずっと同じ空間に居るのに避けられるのはショックだな。いっそのこと俺家出しようかなあ」

 最近は父さんも別件の仕事が大手の企業だとかで長期の出張が増えた。そして麻衣が家の事をやるようになってから、母さんは給料がいいから、と夜の老人ホームで食事を作るシフトを増やしているので、両親と顔を合わさない事が増えた。
 家に帰っても麻衣と2人きりが多い。なのに、会話はなく、俺が気を使うだけ。かなり居心地が悪い。家が本来最高の安らぎ場所だと言うのに、そこが落ちつかないなんて一体どうしたら。

「忍がもし行き場所無くしたら匿ってやるよ」

「マジか! 雄介ありがとな。やっぱ持つべき者は友だ」

 がしっと友人の手を握ったのだが、雄介は爽やかな笑みで片手をパーにした。

「一泊五千円からな」

「高えよ! 俺貧乏学生だっつーの! 桁ひとつ減らせ!」

「あはは。冗談だって。でもこの学校マジでバイト見つかったら即退学になるから気をつけろよ。サッカー部の先輩3人裏通報されて退学なってる」

 雄介の有難い忠告は俺の心に沁みた。N高校は進学と就職に力を入れているのだが、バイトは一切禁止となっている。10年くらい前にとある学生がバイト先で大きな事件を起こしたらしい。
 以降、学校の名が傷つくからとバイトは禁止、見つけたら即退学という重い校則があった。
 就職に力入れるなら外の働き方や社会勉強の為にもやった方がいいと思うのだが、この校訓だけは変わらないらしい。時代に沿ってないというか、何というか。

 弘樹と別れた帰り道をのんびり歩いていると珍しく栞から連絡が来た。

『もしも~し、忍? 暫く私の練習に付き合ってくれない? 特別コーチしてよ』

「有難い話だけど、俺なんてブランクありだしコーチなんて無理だろ。役にたたねーぞ」

『でも、私の相手はできるでしょ? ねぇ〜お願いっ。報酬は次のデートで考えるからっ』

 栞の提案に普段の俺であれば即食いついたのだが、麻衣が骨折した理由を思い出すと素直に「やる!」とは言えない。
 しかし、どのみち今あの重い空気の漂う家に帰ったところで避けられている。
 だったら、俺なんてあの場所に居ない方がいいだろう。

 俺は帰り道とは逆にあるT高校へ足を向けた。



「忍~こっちこっち」

 栞はいつものツインテールをお団子に丸めてラケットを握っていた。万年補欠から卒業する為に人知れず練習を続けているようで、額にはしっとり汗が滲んでいた。

「きゃああ! S女のエースのお兄さんよ」

「確かお兄さんも中学校の時全国大会覇者よね、兄妹揃って強い」

 結構麻衣は有名らしい。こないだの親善試合でここの先輩に勝ったからか。
 俺も過去の栄光が称して他校だと言うのに羽球部員から崇拝されていた。久しぶりにちやほやされて嬉しくなる。
 麻衣に嫌われて軽くへこんでいたし、ここには可愛い女子がいっぱいいる。おまけに、栞とも親睦を深められてまさに一石二鳥いや三鳥か?

 やっぱり女の子は最高だ! 青春おかえり!

 俺は腕まくりをして、封印した羽球を精一杯楽しむことにした。教えられる腕があるかはさておき、相手の弱点と得意分野の指摘くらいは出来る。後、スポーツは楽しむ事が第一!
 やってて楽しくなければ辛くなるだけだ。だったらやめた方がいい。
 それを教えるのは志半ばで引退した俺が確かに適任なのかも知れない。



******************************



 結局、後半から色々盛り上がってしまい、熱血指導をしていたら時刻は18時を回っていた。流石に帰らないとまずいと思い、俺はバックを肩にかける。

「ねぇ忍。明日も来てくれる?」

「いいよ。運動止めちまうと一気に筋力萎えるんだな。栞のお陰で助かった」

「あははっ。そう言ってもらえたら嬉しい。やっぱさ、麻衣ちゃんに勝ちたいじゃん?」

「え? 万年補欠の栞が?」

 冗談交じりにそう言うと栞がぷうと唇を尖らせて俺の腕を掴み、「言ったな〜?」とぶんぶん揺さぶってきた。

「次の練習試合ね、S女とやるんだけど。忍は私の応援してくれるよね?」

「相手は?」

「もちろん麻衣ちゃんよ。だって麻衣ちゃんに勝たないと忍とお付き合いできないでしょ?」



 お付き合い、出来ないでしょ?



 幻聴!?
 まさか、栞の方からそんなこと言ってくれるなんて……!?
 告白されたのはこれで2回目だ。1回目は麻衣に無精した事を握られてしまい泣く泣くお別れを告げた。でも今回は違う!

 もうだいぶ遅くなってしまったので、俺は栞を家まで送った。そして「また明日」なんて言い、俺は久しぶりに気分良く家に帰った。



「ただいま〜」

 最近は誰も「おかえり」と言ってくれない靴だけが綺麗に並ぶ玄関にまず帰宅した事をを告げる。
 珍しいことに、バタバタと麻衣が玄関まで駆けよって来た。明日は雨だろうか?

「……遅かったね?」

「ああ、栞がS女との練習試合で麻衣と戦いたいって張り切っててよ~」

「……それで、まさか兄貴、栞さんの応援するの?」

「うん。だって、麻衣はどうせ強いだろ?それに、栞が勝ったら俺と──」

 お付き合い、とまでは言えなかった。俺がへらへらしているのが気に入らなかったのか、麻衣が元気な右手で俺を玄関のドアに押し付けてきた。
 おいおい、そんな無駄な力使ったら左手にも響くだろうよ。骨折が治った途端このバカ力。

「──別れて」
「はぁ?」
「今すぐ別れて、栞さんと!」

 この展開、前と一緒だ。
 麻衣は唇を噛みしめながら何かに対して怒りを露わにしている。俺が栞と付き合うことで麻衣に何か問題があるのか? 
 そりゃ無いだろう。もう流石にキレそうだ。何で誰かとお付き合いするのに、いちいち妹の許可が必要なんだよ、お前は興信所なのか?

「もういい加減にしろ。栞と付き合う事でお前に何か迷惑でもかかるのかよ」

「べ、別に兄貴が栞さんと付き合ったって……関係ないけど……」

「けど?」

 俺は麻衣の気持ちがわからない。それはあいつが何も話さないからだ。たった一言、言ってくれりゃ俺だって考え方を変える。好きか嫌いか。ただそれだけでいいんだ。
 どうして俺を振り回すんだ。俺は普通に恋愛がしたい。栞は彼女一号になってくれるかも知れないと言うのに。

 数秒の沈黙の後、麻衣は俺から離れて首を振りぽつりと小さく呟いた。

「……私が、勝てばいいんだから」

「麻衣……?」

「栞さんと本気で勝負する。その代わり私が勝ったら、兄貴は私の言うこと聞いてね?」

「あぁ。いいぜ」

 麻衣がおねだりをしてきたのは、これが初めてだ。
 俺は全く何も考えずに、麻衣の出来る精一杯可愛いおねだりを了承してしまったことを……後悔することになる。

→次(第19話)へ   ★           マガジン

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?