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「コイザドパサード未来へ」 第16話

父さんを説得するのは、簡単ではなかった。

僕は自分が正しいことをしようと思ったし、父さんは横井さんの気持ちを考えた。あの時の自分の気持ちを思い出しながら、横井さんの家族のことを強く想って粘り強く会話を重ねた。
説得というより、この状況でどうすればいいのかをとことん話し合った。

立場が違えば、考え方も想いも当然違ったりする。
まして横井さんに会った事はないし、横井さんの状況や気持ちを組む事は難しい。
でも僕は父さんがいなくなった時の気持ちは誰よりも理解できる。
もし、横井さんに子どもがいたとしたら、その子の不安、寂しさ、虚しさは分かるつもりだ。

最後に父さんが「分かった」と言ってくれた時、嬉しさよりも、もう後には引けない、やるしかない、という気持ちのほうが優った。
横井さんと話をして、何としても一緒にこの世界に戻ってこなければ、と思った。父さんは僕たちとあの旅館に行ってくれることになったが、実際にあそこへ行くのはアキラと僕。後方支援という役割で、僕とアキラをあの旅館で待ち、何かあればサポートしてくれることになった。
横井さんの悩みを知っているからこそ、とても説得できない、と何度も言われたからだ。残された家族の代表として、僕の経験から横井さんと話をした方がいいのではないかということになった。

父さんが母さんに話をしてくれて、僕たち3人は春休みにあの旅館へ行くことになった。
母さんは理由を聞かずに旅行を承諾してくれた。
アキラも行くので、受験前の旅行だと思っているのかもしれない。
こういう時の母さんはさっぱりしていて、詮索することなく、僕たちを快く送り出してくれようとする。
時々、僕は母さんがすべてを分かった上で行動を認めてくれているのかな、と思う。見てみないふりをしてくれているとしたら、とてつもない包容力のような気がしている。

僕たちの平凡で単調な毎日は冬を飛び越えて、春を連れてきた。
寒さも緩み、桜があと少しで咲きそうな春休みに僕たち3人は伊豆の旅館へと出発した。
側から見たら、友人同士と引率の保護者だ。
誰もあの不思議な金色に輝く異次元の世界に失踪者を連れに行くなんて思わないだろう。中学生に冒険なんてそうそう起こるものじゃないと7ヶ月前の僕は思っていた。
どちらかというと現実的な性格なので、タイムリープとか転生とかそういう漫画を読むのも避けてきた。
でも7ヶ月前、あの旅館の部屋で実際に体験してしまった。
人生には思いがけない、あり得ないことが起きることもある。
時として、世にも奇妙な物語は存在するのだ。

父さんとアキラが電車の中で楽しそうに喋っている。
一緒に楽しい旅をしているかのような錯覚に陥るが、これがただ楽しむだけの旅行ならどれだけいいだろう。
僕はプレッシャーで少しだけ胸が痛い。
無事、横井さんを連れてこの世界へ戻ってこられるだろうか。
もし、戻ってこられなかったらどうしよう。
隣のアキラはプレッシャーよりも、ワクワクというか、ウキウキしていて少しだけ変なテンションになっている。冒険に今から出かけるぜ~というようなヒーロー然としていて、いつもより目が輝いている。俺が横井さんを救い出すから待っていてくれよなーって思っているのだろうなあ。本気で。
そんな単純で素直な、そしてどんな状況下でも楽しんでいるアキラが羨ましくも憎らしくもある。友達としては突っ込みどころ満載だし複雑だけど、自分がプレッシャーを感じている時に隣で気楽でいてくれることは正直ありがたい。ふたりしてプレッシャーにやられていたら、救いようがないし、苦しくて息が詰まってしまう。
父さんは不安に思っていても顔に出さないで、あくまで僕たちを守ろうとしてくれるんだろうな。

ふと窓の外を見ると、大海原が眼下に見える。
母さんと旅館へ行く途中に見た風景がそこには広がっていた。
キラキラと光を浴びた海面が波間をゆらゆら揺れている。
母さんとあの時見た景色を今度は父さんとアキラと一緒に見ている。
以前はこの景色を受け止めるのが精一杯で、今思えば僕のマインドはいつでも過去に向いていた気がする。
父さん不在のあの頃、考えることは昔の思い出や父さんとの会話、いくつもの後悔たち。
同じ風景でも違って見えるのは気のせいだろうか。
目の前に広がる波の輝きは希望の光のような、何だか希望が沸々と静かに内面から湧いてくるような。
この風景も未来に向かった道標のような気がしてくる。
同じ場所を見ていても、自分の状況や心持ちでこんなに見え方が違うのだなあ。あの時、塞ぎ込んでいた7ヶ月前の自分に言ってあげたい。
「もうすぐ父さんに会えるから心配しなくていいよ。もう少しだからね」って。
太陽の光を浴びて光り輝くこの海を僕はずっと忘れない。


前回と同じ旅館の部屋に通された僕たちは、まず最初に浴衣が入ったクローゼットの裏を確認する。
あった! 壁についている金色の点はまだそこにある。
この金色の点を見つめると、あの世界に行ってしまうので、一瞬で確認して目を背ける。
「父さん、アキラ。あの金色の点はここにあるよ。また行けるかもしれない、あそこへ」
ふたりは無言で頷きながら、とりあえず座卓へ座る。
お茶を飲みながら、作戦会議だ。
宿の人が用意していてくれた温泉饅頭をアキラは嬉しそうに頬張っている。
僕は緊張して今は饅頭を食べる余裕なんてない。
「アキラと僕はあの金色の点をひたすら見つめて、そのまま流されるまま、体に力を入れずに運ばれるまま、されるがまま、状況に身を任せるんだ」
「えっどういうこと?」
アキラは驚いた顔で不安そうにこちらを見る。
「うまく説明できないけど、あの金色の点が鍵なんだ。僕たちを連れて行ってくれる起点みたいなもの。だからふたりであの金色の点を見続けると、意識が飛んで、目覚めると横井さんがいる世界に運ばれているんだ」
前に父さんが戻ってきた時に光の点を見たら、金色に光り輝く扉があって、という説明はしたんだけどなあ。
それを今言ったところで何も始まらない。ただ忘れているだけだ。
邪念を振り払って、先を急ぐ。
父さんは
「何か分からないことがあったら、父さんに話しかけて。つながったら会話できるから」
と補足してくれた。
「えっ待って。つながったら会話できるってどういうこと?」
この話も前にしたんだけどなあ、さすがに少しイラついた。
「これから行く世界は、多分だけど頭の中でお互いに思っていたら会話できるんだ。だから僕たちは父さんと会話できる。だけどふたりでそれをすると大変になるから、僕と父さんでやるよ。アキラは隣で僕と会話をしてほしい」
「オッケー分かった!」
予想以上に陽気な声で返されたので、苦笑いをしてしまった。
よし。もう少し、広い心で接しよう。
「どうやって横井さんを探したらいいの?」
僕は大事な質問を父さんにする。
「とにかく先へ先へ、進んで。強く願うことで必ず叶うから。横井さんに会いたいってふたりとも強く強く、心の中で思うんだよ。強い思いは必ずそこへ連れて行ってくれるから」
今の説明がどのように伝わったか気になって横を見ると、アキラはさっきと違って、やけに強く頷いている。
本当に理解できているのかなあ。
少々不安なので、僕は父さんに続いて、念には念を入れる。
「多分あの世界は願うことが大事なんだ。横井さんに会いたいって願えば会うことができる。帰る時もこの旅館の部屋に戻ってきたい、と強く願うんだ」
ここまで言えば大丈夫だろう。アキラに伝わったと思う。
隣の親友はすでに勇者のような面持ちで、冒険にこれから行くぞというように目をキラキラと輝かしている。
若干、僕と温度差があるんだよなあ。
アキラをその気にさせて、冒険の旅に出るふりをした方がいいような気がしてきた。真面目に出発しようと思っていたけど、アキラのノリに従って、ゲームの中にいるような、冒険に出かけるスタイルで行こう。
急きょ作戦、変更。
作戦という大げさなものでもないけど、ふたりで不安がるよりアキラをやる気にさせて、一緒に楽しみながら行けたらうまくいきそうな気がする。

僕たちは壁にある金色の点の前に立つ。
「勇者よ、時は満ちた。横井さんを救出しに行くのだ。
まずは横井さんの話を聞いてからだ。ベストを尽くそう」
歌舞伎の口上のようになってしまった。
父さんは真面目な顔を保とうとしたが、隣で堪えられず、笑ってしまっている。
アキラは「おう」と調子よく僕の肩を組んでくる。
事前の想定では、もう少し真剣に出発しようとしたのだけど。
陽キャが隣にいると僕の調子は常に狂い気味だ。

父さんが見守る中、行くぞというサインのようにふたりで一瞬顔を見合わせる。
並んで、金色の点を見つめる。

横井さんのところに連れて行ってください。
お願いします。

祈る気持ちでひたすら金色の1点を見つめ続ける。
しばらくするとその点は次第に大きくなり、徐々に僕たちを飲み込んでいく。
ぐるぐる目が回り始めると同時に、体も回転して気を失っていった。


(つづく)

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