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新宿駅の匂い

人には忘れられない匂いがあるとしたら、
貴方は、どんな匂いを思い返すだろうか。



僕にとってのそれは、14歳の冬の新宿駅の匂い。

初めて好きになったアーティストの初めてのライブ参戦。

山と空に囲まれた小さな村に生まれ育った。

冬の澄んだ空気は鼻の奥を突き刺してくる。


近いようで遠い東京。

初めて乗り継いだ電車。

ひとりってこんなに心細かったっけ

一駅、二駅、過ぎてゆく毎に増える人。

慣れない人。冷たい人。

成長途中の僕には周りの大人はとても大きく見えた。

「新宿、次は新宿駅―――――」

乗り換えなければならない。

僕の目的地はもう少し先だった。

オレンジ色の中央線から、鶯色の山手線を目指した。

流れる人の波に乗り、あっという間に下るホームの階段。

人がこんなにも近く、そして縦横すれ違う景色に圧倒される。

ヒトの流れに惑わされないように。

ホーム案内の矢印だけが何よりも正しかった。

行き交う大人は怖かった。

ぶつかる肩、重いリュック。

震える心をなだめようと深呼吸。


ヒトの匂いがした。

とても生々しくて、あたたかく、心持ちが悪い。

僕は小さな世界にしか知らなかった。
ヒトがあふれる複雑怪奇な匂いに、とてもドキリとした。

世界の広さを、鼻の奥で確かに感じた――――――。


その日のライブのことは正直覚えていない。

大興奮して、ぐったりしたことはかすかに残っている。

大好きなアーティストの、熱のこもったパフォーマンスよりも、
あの時の僕の心に刺さったのは匂い。

冬の新宿駅の匂い。


今、東京に住み始めて、あの時感じた匂いを時々探す。

当たり前のように、ヒトごみの中に紛れてしまう、現実。

鼻が慣れてしまった。きっと。

慣れてしまった鼻を、なれてしまった僕を壊すように、
時々、誰も僕のことを知らない遠くの土地に身体を預けたくなる。

その時の匂いが、きっと14歳の僕を呼び戻す。

何にも知らなかった14歳の僕を。

感覚を研ぎ澄ましたあの冬を。



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